体が持ち上がるような奇妙な浮遊感と、お尻の下から伝わってくる小刻みな振動に、真生子は薄っすらと目を開けた。
真横に設置された小さな窓から差し込んでくる光が眩しい。黄味を帯びた柔らかな昼の光が、膝の上に乗せた自分の手を照らしている。指や手の平に注視すると、彼方此方に擦り傷や切り傷の痕が薄く残っているのがわかる。傷跡は、いずれは完全に見えなくなるだろう。それを、真生子は少し寂しく思う。
窓の外に目を遣る。真生子達が乗る東京行の航空機は、カイロ空港の滑走路を離れ、徐々に高度を上げ始めていた。 搭乗してから離陸するまでの待機時間が長く、気付かぬうちに眠ってしまっていたようだ。地上からタイヤが離れて浮遊するその瞬間を見たかったのに、と少々残念に思う。体を乗り出して窓に顔を近付ける。つい数時間前まで自分達が居た筈の砂色の街が、少しずつ遠ざかっていく。 砂漠にポツリポツリと建つ建物が四角いミニチュアのように小さく遠くなり、やがて機体は雲に包まれ、窓の外は淡い灰色に塗り潰された。

「真生子?」

不意に膝の上の手を握り締められ、驚いて振り返った。
隣席に座る花京院が、心配そうに眉を顰めて覗き込んでいる。彼はスラックスのポケットからハンカチを取り出すと、そっと真生子の頬に当てた。困惑していると、ぽたり、と手の甲に冷たいものが落ち、真生子はハッと目尻に触れた。そこでようやく、自分が泣いているのだということに気付いた。
あ、と情けない声が漏れ、涙に気付いた途端に、堰を切ったように勢いを増してボロボロと零れ落ちてくる。 前の座席に座っている兄と祖父に気付かれたくなくて、真生子は花京院に涙を拭われながら俯き、口元に手を当てた。

「泣いていいよ」

真生子は目を丸くして彼を見た。てっきり、泣かないで、と諌められると思っていた。
花京院は優しく微笑むと、真生子の頭を引き寄せ、自分の肩に押し付けるようにした。

「もう我慢しなくていい」

そのまま頭を撫でられていると、真生子はもうどうしようもなく鼻の奥がツンとし、嗚咽が込み上げてきた。彼の肩に顔を押し付け、声を抑えながら、黙って涙を零し続けた。