澄み渡る空はどこまでも真っ青に広がっている。砂漠の夜は冷え込み、大変辛い寒さではあったが、太陽が地平線の向こうから姿を現してからというもの、気温は上昇する一方だ。何にも遮られぬ強烈な日差しが、辺り一面に広がる砂色の大地を暖めている。足元から熱気が伝わってくるが、湿度が低いだけまだマシだ。
焚火の上で湧かしたポッドから、コーヒーの良い匂いが漂っている。その隣では真生子が有り合わせの野菜と羊肉を煮たスープのようなものを作っていた。
彼女が缶詰を開け、謎の豆を鍋の中に突っ込むのを見届けた後、花京院は未だに寝こけている旅の仲間達を起こしにかかった。
「なんか、すごくひどい夢を見たような気がするが……」
頭痛がすると言ってこめかみを手でグリグリと押さえながら、ポルナレフが寝袋から這い出て来る。上体を起こして伸びをしていたジョセフが、ひどい夢、と聞いてそれに同調した。
「わしもじゃ……忘れてしまったが……」
くす、と小さな笑い声が聞こえて、振り返ると真生子が鍋を混ぜながら笑いを噛み殺している。
昨夜の出来事を思い出したらしい、ポルナレフが弾けたように立ち上がり、指先をこちらへ突きつけてきた。
「花京院! お……お前大丈夫か?」
「なにが?」
「な、なにがって……お前、昨晩はすごく錯乱して……」
アッケラカンとして言い返すと、ポルナレフはぽかんと口を開けた。だめ押しに、袖捲りしていた腕をさり気なく見せると、彼は「傷がない」と驚愕している。まだ寝惚けてるのかと一蹴し、花京院は晴れ晴れとした気分で学生服の裾を翻した。
「そ、そうじゃ……真生子。お前……ま、まだ怒っとるのか?」
「怒ってるって? わたしが?」
打ち合わせ通りに知らんぷりを決め込んでいる彼女は、相変わらず鍋を掻き混ぜている。バツの悪そうな様子のジョセフに、真生子は明るく笑いかけた。
「やだ、おじいちゃんったら。わたしが怒ったところなんか、お兄ちゃんだって見たことないのに」
「お、おお……そうか。ならいいんじゃが」
その二人のやりとりに、ついつい笑みがこぼれてしまう。機嫌の良い孫娘にホッとしたらしいジョセフは彼女の隣に腰を下ろし、朝食の準備を手伝い始める。最後に起き出してきた承太郎は学帽を目深に被り直し、何か言いたげに花京院を見たが、口を開く前に真生子がスープの皿を押し付けて黙らせていた。
それを見届けてから、花京院はベビーフードの入った皿とスプーンを手に取ると、冷や汗を流している赤ん坊へ「罰」を下すべく、ゆっくりと近付いていった。
「……何したの?」
ものすごい勢いで泣き喚いている赤ん坊を振り返りながら、隣に座る真生子がこっそりと耳打ちしてくる。とても彼女には教えられないような「お仕置き」の内容を思い出し、花京院は苦笑いを浮かべて誤魔化した。
昨晩、「スタンドを出したまま眠るように」と彼女に指示したお陰もあり、夢のスタンド──デスサーティーンを無事に打ち倒すことができた。このことを覚えているのは、夢の中にスタンドを持ち込んだ花京院と真生子だけだ。
ふうんと不満そうに鼻を鳴らした彼女はコーヒーを啜った。同じようにカップに口をつける。暗褐色の液体は少し温くなっているが、そちらの方がかえって飲みやすかった。
「ねえ、花京院くん」
真生子はカップを置き、ほんの少しだけ顔を近づけてくる。耳を寄せると、吐息が髪にかかってくすぐったかった。
「夕べの事は、ずっと内緒なの?」
「そう。内緒だ」
「……秘密?」
わざわざ言い換えたのには、どんな思惑があるのだろう。意味深な響きを持つその言葉に、二人だけが同じ記憶を共有しているという事実と、何だかちょっぴり甘ったるい雰囲気を感じ、花京院は唇の端を上げた。
きっと危険なことの何もかもが片付いて、旅が終わってしまっても、このことは他の仲間達には話さないだろう。彼女もそうするに違いない、という奇妙な確信さえもあった。
「そう、二人だけの秘密」
囁くと、真生子は照れくさそうにはにかみ、頷いた。
砂の混じった温い風が辺りを吹き抜け、彼女の柔らかい髪を揺らして行った。