校内には放課後特有の穏やかな雰囲気が漂い、窓の外の夕方前の日差しも柔らかで、心地が良い。
校門へ向かっていく多くの生徒の姿をガラス越しにチラリと見下ろし、真生子は再び手元の日誌に目を落とした。日直の当番に当たっている真生子と、もう一人の男子生徒だけが教室に残っている。彼は、偶に話すことがある、という位の仲の生徒だった。時折ぽつぽつと他愛のない会話をしつつ、彼が黒板を掃除している間に真生子は所定の内容を日誌へ書き込んでいた。

「空条さん」

ふと呼ばれて顔を上げると、当番の男子生徒がぎこちない表情でこちらを見つめている。

「日誌、書き終わった? 俺が出しておくから、帰っていいよ」
「そう? でも……」
「……花京院先輩が来てるよ」

と彼が言うので、真生子は反射的に立ち上がって教室の扉へ駆け寄り、廊下に頭を突き出した。見ると、腕を組んだ典明が壁に背を預けて突っ立っている。出入り口からは見えない場所に居たので分からなかった。

「典くん、迎えに来てくれてたの」

言うと彼はこちらを振り返り、薄っすらと微笑んだ。
その表情がなんだか普段あまり見ないような含みのあるもので、真生子は少しドキリとした。

「じゃあ、これ、お願いします。ごめんね」
「いいよ。じゃあな」
「うん、ありがとう。ばいばい」

親切な男子生徒に日誌を預け、真生子は鞄を持つと早足で教室を出た。

「待たせてごめんね……」
「来たばかりだから大丈夫だよ。じゃ、行こうか」

典明はいつもと変わらず優しく微笑み、そっと真生子の手を取った。ふいと顔を前へ向けて歩き出した彼に、何となく、心がざわつくのを感じた。


◆◇◆


「今日は誰もいないのか」

静まり返った空条邸には、庭園の池から聞こえてくるささやかな水音だけが響いている。
いつものように真生子の部屋で行儀良く座っている典明は、飲み物を運んで来た真生子に怪訝そうに尋ねた。母も兄も今は出掛けているのだと真生子は答えた。

「お兄ちゃんは、夕方には帰るって言ってたけど」
「……そう」

急に、彼の声のトーンが変わったような気がした。

「典くん?」

眉間にしわを寄せて何か考えている彼を心配し、傍に寄ると、典明はゆっくりと真生子の肩に手を掛け──そのまま畳の上へ押し倒した。
見慣れた天井の木目が一瞬で視界に広がり、続いて彼の赤茶けた癖毛が目に入る。真生子は自分の身に何が起きたのか、すぐには分からなかった。彼が体重をかけてのし掛かってきて、そこでようやく求められているものを知った。

「今日はだめ……っ」

近付いてくる彼の顔から離れようと、どうにかして体を起こそうと試みるが、肩を強く畳に押し付けられていて動けない。ぷいと顔を背けると、それが不満だったらしい、彼の手がグイと顎を掴んできて、真生子は無理矢理正面を向かされた。
強引に塞がれた唇を割って潜り込んできた舌から、逃げるように自分のそれを奥へ引っ込めるが、彼の長い舌はたいそう器用で、いとも簡単に絡め取られてしまう。ぢゅっと音を立てて吸い上げられ、甘噛みされ、歯茎をなぞられると、真生子は嫌でも蕩けていってしまう。それでも尚、体を許そうという気にはなれなかった。
真生子の意識は目の前の彼ではなく、襖の向こう、廊下の奥の玄関の方へと向いている。

「おにいちゃんが帰ってくるっ……」

息継ぎの為に唇が離れた隙に、真生子が懇願するようにそう告げても、彼には行為を中止しようという気は一切起こらないらしかった。

「襖を閉めているから大丈夫」

微かに目を細め、口角を上げてそう言う典明に、真生子は首を横に振ってみせる。セーラー服の中に潜り込んできた腕を掴むが、力の差が圧倒的すぎてどうにもならなかった。

「あ……っ」

下着の中で、乳首を優しく引っかかれ、思わず悩ましい声が漏れる。指の腹でこすったり、摘まんで扱いたりされると、真生子はたちまち抵抗できなくなってしまう。いつものように丁寧な手付きで愛撫されるが、どこか荒々しさも感じる。震えながら彼の顔を見上げると、いつになく興奮したようにギラギラと目を輝かせていた。

「典くん……どうしたの?」
「ん……?」
「なんだか、いつもと違う……っ」

涙目でそう言うと、彼はクスリと小さく笑って、優しげに唇を押し付けてきた。

「大丈夫だよ……怖がらないで」

制服を下着と一緒に捲り上げられると、少し汗ばんだ乳房が彼の視線の下に晒される。特別大きくはないその真生子の胸がお気に入りらしく、典明はいつも丹念に揉みしだき、揺さぶり、摩ったりする。外気に晒されて硬くなった乳首を唇で優しく挟まれたかと思うと、ねっとりと舐め上げられ、真生子は思わず身を捩った。舌先で念入りに捏ね回され、甘く噛まれると、忽ち足の間が湿っぽさを増し始めるのが自分でも分かってしまう。
すっかり浅ましく躾けられてしまった身体を情けなく思いながらも、思わず膝を擦り合わせると、直ぐに典明の手が腿を伝ってスカートの中に這ってきた。

「濡れてる……すごく」

下着とストッキング越しに、亀裂をついとなぞられながら、耳元でそう吹き込まれて、ぞわぞわした感覚が背筋を駆け上がってくる。彼の指は何度かそこを往復した後、そのまま腹の上へ登って下着の中に滑り込んできた。いきなり直接触れた彼の手の感触に敏感に反応してしまう。彼の長くゴツゴツした指が、茂みを掻き分け、中に隠されていた小さな花芽を優しく擦り上げる。

「あっ、」

ぬめりをタップリと絡ませた指の腹でねちっこく弄くり回され、さらには摘まんでコリコリと扱かれて、甘ったるい嬌声が嫌でも漏れ出してしまう。時折首を振りながら激しく感じていると、不意に指を引き抜かれて真生子は拍子抜けした。
しかし典明は下着をずるりと一息で脱がせ、脚を持ち上げて性器を剥き出しにさせる。そこに彼が顔を近付けたかと思えば、迷わず舌で蜜を掬い上げ、それを恥ずかしくて直視できずに真生子は顔を背けた。
じゅる、ずず、と愛液を啜り上げる音。腫れ上がった花芽を指で擽られながら、入り口をマッサージするかのように舌で解され、そのままぬるりと中へ侵入してきた。初めての事に驚きの声を上げるが、典明は真生子の脚をさらにしっかりと押さえ付けるばかりで止めようともしない。いつも大好きな桜桃を味わったり、真生子に巧みなキスをしたりするあの舌で、なかを舐められている──そう思うと、ぞくぞくと総毛立つような感覚が背中を走る。

「だ……め、っ」

びくり。と背中を弓形に反らせ、真生子は一瞬でオルガズムに達してしまった。
快楽の余韻に、ぶるぶると腿を震わせていると、典明はようやく顔を離して口元をぐっと拭う。それから自分のベルトを外してスラックスのファスナーを下ろし、硬く立ち上がって先走りを零しているものを取り出した。ポケットの中から引っ張り出した避妊具の袋を破り、器用に取り付ける。
足の間に体を割り込ませてきたところで、真生子はようやく我に返った。

「だめ……っ、典くん……っ」
「だめだめと言うけど、こんなにもの欲しそうにヒクヒクさせているのに、止めていいのか?」

ぐり、と熱いものを押し当てられる。真生子は思わず唾を飲み込んだ。
解っていて、そんな意地悪を言うのだ。こんな風にとろとろにされてしまっては、どんなに口先で反発したとしても、身体の方はもうどうにも抗えなくなってしまうのを。
真生子が顔を真っ赤にして黙っていると、典明はうっすらと笑みを浮かべた後、彼の胸に突いた真生子の手をそっと避けて、優しく唇を重ね合わせてくる。

「いれるよ」

小さな声を合図に、入り口が開かれたかと思うと、すぐに焼けた鉄の塊のような重量感のあるものがぬっぷりと胎内に押し入ってきた。

「ひ……ッ」

子宮を押し上げられるような圧迫感には、未だ慣れない。彼の腕を強く掴んで震えていると、宥めるようなキスがあちこちに降り注いできた。逞しい胸に縋り付いて耐えしのぐ。彼は薄っすらと口元を歪め、そうしてくびれの部分まで引き抜いたそれを一気に根元まで突き刺した。

「──っ!!?」

何度も何度も激しく打ち込まれる。脳髄が溶けそうな程の快楽に、半ば悲鳴のような声を上げながら、真生子は仰け反った。肌と肌がぶつかる乾いた音が部屋に響いている。突かれる度に溢れて漏れ出す熱い愛液が、尻の方まで伝い落ちてきた。
──と。
ガラリ、と遠くの玄関の引き戸が開く音。
真生子はハッとなって息を飲んだ。典明も気付いたらしい、一瞬動きを止め、しかしすぐにより激しく腰を打ち付けてくる。

「や、だめっ、だめっ、お兄ちゃんが……!」
「じゃあ、静かに。声、我慢して……真生子」

きゅっと唇に人差し指を押し当てられる。そんな、という焦燥と驚愕の眼差しで彼を見上げる。典明はニヤリと唇を笑みの形に作った後、三たび体を揺さぶり始めた。荒い息がピストンの度に漏れてしまう。
あの砂漠の旅以来すっかり敏感になった聴覚が、遠くで廊下が軋んでいる音を捉えた。あの歩き方は、間違いなく承太郎だ。彼の私室は真生子の部屋の近くにある。

「や、典くん……っ」

小さな声で呼びながら懇願するが、彼は規則正しく真生子を揺らすばかりで止めようという素振りすら見せない。そればかりか両手で乳房を揉みほぐされ、同時に甘い痺れを与えられ、声を我慢するのが辛くなってきた。口元に手を当てて声を飲み込む真生子を、典明は楽しそうに見下ろしている。

「んっ……んッ」
「気持ちいい?」

耳元で小声で尋ねられても、返事をする余裕すらない。足音が段々と近付いてくる。
声をかけられたらどうしよう。襖を開けられたらどうしよう。玄関には典明の靴が真生子のローファーと一緒に行儀良く並んでいる。承太郎がそれに気付いていない筈がない。
泣きながら必死に典明にしがみ付くと、彼もギュッと抱きしめ返してくる。それなのに身体の中を掻き回すそれをより一層奥まで突き入れ、子宮口をゴリッと擦られて真生子は仰け反った。頭が真っ白になって、何も考えられなくなる。全身を甘い痺れが駆け抜け、手足が突っ張って硬直した。

「……ああ、いっちゃった」

くったりとして息を整える真生子の頭を、典明は嬉しそうに撫でる。

「いつもより感じてるようだ」
「……ちが……っ」

居間の方で襖が開く音がした。一瞬ヒヤリとしつつ、こちらの方まで兄がやって来なかったことにホッと胸を撫で下ろす。典明もしばし黙って襖の向こうの様子を伺っていたが、問題なしと判断したらしい。真生子の膝裏を押し上げて足を広げさせ、深く抜き差しし始める。淫猥な水音が動く度に部屋に響いた。

「承太郎に見られるかもと思って、興奮した?」
「や、そんなこと無……っ、あ……ッ」
「……嫌らしい子だ」

真生子はドキリとした。
ギラついた目で呟く典明の、ゴクリと動く喉仏や、シャツの襟から覗く鎖骨、顎から垂れる汗、ゆらゆらと揺れる長い前髪、真生子の腿を掴む骨張った手、それらの全てが、壮絶な色気を放っていることに気付く。
思わず唾を飲み込む。顔が燃えているように熱い。繋がっている所はもうドロドロに溶けていて、奥へ侵入される度に押し出された蜜が尻や腿の方まで汚している。彼の言う通り、いつもより敏感になっている真生子は、全身で彼を感じ、おかしくなりそうなほどの狂おしさに身を委ねた。

「ひ、……また……また、イッ……」
「……ぼくも、」

激しく突き上げられ、最後に再奥を擦り上げられて真生子は三度目の絶頂に達した。典明がぶるりと背中を震わせるのを感じながら、一気に意識が薄れていくのに抗うことができなかった。


◆◇◆


「やあ、お邪魔してるよ。承太郎」

開け放たれた襖の向こうにヌシヌシと現れた承太郎に、花京院は親しげな笑みを浮かべた。
一つ年上の彼は、今はもう高校生ではない。アメリカの大学へ進学を決め、秋に学期が始まるまでは日本で過ごすという。丈の長いコートと鍔のある帽子を目深に被り、制服を着ていたあの頃とさほど雰囲気は変わっていない。
花京院は座布団に胡座をかいて本を開いていた。腿には真生子の頭が乗っている。穏やかに眠っている彼女をチラリと見る。行為の後、疲れ果てて気をやってしまった真生子のセーラー服は、花京院の手によって全て元通りにされている。額の汗も綺麗に拭ってやり、部屋に残った独特の匂いも、換気によって外へ追いやった。体を冷やさないように、彼女の腹から下にブランケットも掛けてある。
承太郎はじっと花京院を見、それから妹に視線を移した。ゆったりした呼吸に合わせて、胸のスカーフが上下している。彼は、ふ、と微かに口角を上げると、帽子を引き下げて被り直し、襖の陰に姿を消した。

「あまり無茶をさせるなよ」

廊下の向こうから聞こえた半ば呆れたような声に、花京院は肩を竦めた。
完全に、バレている。別に、花京院の方は、承太郎に何がバレたって、同性の友人同士なのでどうとも思わないが。真生子の方は、自分の兄には「そういうこと」を知られたくないだろう。
膝の上の真生子がモゾついて、寝返りを打った。きゅ、と腿にしがみ付いてくる。それを愛おしく感じながら、滑らかな髪を優しく梳いてやる。

「無茶させるな、か」

今日は少し意地悪をし過ぎたかもしれない、と花京院は肩を竦めた。
と、ふるり、と長い睫毛が戦慄くように震えたかと思うと、真生子は眩しそうにゆっくりと瞼を持ち上げた。ぼうっと前を眺め、膝枕をされているという状況に気付いたのか、訳の分からなそうな寝ぼけた目で花京院を見上げてくる。おはよう、と声を掛けると、彼女は目を擦りながら欠伸をした。

「典くん……?」
「ん?」

ふぁ、ともう一度大きな欠伸をしてから真生子は身体を起こし、それからふと思いついたように顔を上げた。目の覚めるようなエメラルド・グリーンにまじまじと見つめられ、花京院は狼狽える。

「怒ってないの?」
「え? 怒ってなんてないさ。どうして」

真生子は顔を顰める。「……帰りの時の……日直のこと……」と歯切れ悪く言う。日直、という単語を聞いてようやく、彼女が言わんとしていることに気が付いた。
大したことではない。ただ、放課後、二年生の教室に真生子を迎えに行った時、日直だったらしい彼女が、同じく当番の男子生徒と話しながら仕事をしているのを見て、ぼく以外の男とも仲良さそうに話せるんじゃないか、と少し意外に思っただけだ。行為の前、ダメ、と言われて、普段ならばすぐに中断できるはずなのに、そのことが頭を過ぎって、今日はそういう気分にならなかった。ただそれだけの、くだらない話だった。そのことが気に食わなかったから、嫌がっているのに乱暴にされたのだと、彼女はそう考えているらしい。

「不安にさせてすまない……でも別に、クラスメイトと話してたくらいで嫉妬なんかしないし、怒ったりしないよ」
「……そう?」
「ぼくにだってたまには、君をむちゃくちゃにしたいと思う時があるってことさ」

真生子は眉間に寄せていた皺を解いたが、代わりに眉尻を下げて顔を真っ赤に染めてしまった。

「君の方こそ、怒っていないのかい?」

肩に手を添えて顔を近付けると、照れているのか、プイとそっぽを向いてしまうのが可愛らしい。

「怒ってないよ……ただ、いつもと違うから、ちょっとびっくりしただけ」

そう、ならよかった。と微笑むと、彼女はようやく目を上げて、ほんのりと笑ってみせた。腕を伸ばしてくるので肩に導いてやると、襟刳りに顔を押しつけるように抱き着いてくる。

「たまにはそういうのもいいけど、でも、いつもとおんなじ典くんが一番好き」

穏やかな声でそう言うので、今度はこちらが顔を赤くする羽目になった。