「……大丈夫?」
彼の気遣わしげな声に、ん、と間延びした声で返事をする。真生子は薄っすらと目を開けた。潤んだ視界の中、自分の脚が二重にブレて見えた。パンプスのストラップは外れ、踵もパカパカと浮くばかりで、今にも脱げそうになっている。
典明の逞しい腕に腰と背中を支えられ、真っ直ぐ歩いているつもりなのに、彼の足を踏みそうになったり、逆に彼とは反対側の方へ倒れそうになったり。フラフラとおぼつかないまま、マンションのエレベーターを上り、半ば引き摺られるように二人が借りている部屋の前へ連れて行かれた。
薄暗い玄関に辿り着いた途端、真生子は自宅に帰ってきたという安心感から脱力し、べったりとその場に座り込んでしまった。典明は、文句ひとつ言うでもなく、フローリングの床にへばり付いている真生子の靴を黙って脱がしている。その様子をぼうっと眺めていると、急に、申し訳ない、という感情が湧き上がってきて、真生子は口の中でごめんねと呟いたが、呂律が回らず、意味不明な呻き声になっただけだった。
「こんなに酔ったところ、初めて見たよ」
言葉が通じていたのかいないのかは分からなかったが、彼は少し呆れたようにそう言うと、真生子の腕や肩を掴んで立たせようとする。しかし全くといっていいほど力が入らない。ぐんにゃりとしたままの真生子に、典明が苦笑したのが分かった。
「のりくん」
ああ、やだ、嫌われちゃったかしら。急に不安な思いになり、舌足らずに名前を呼ぶ。のりくん、のりくん、のりあき。愛称と本名を交えて繰り返すが、彼は微動だにしないまま何も答えない。
真生子は眉根を寄せ、思わず涙を溜めながら彼を見上げたが、視界がぼやけている上に、何の照明もついていない暗闇の中では、表情を伺うことはできなかった。
「のりあき……おねがい……嫌いにならないで……」
涙声で言うと、典明は大きな溜息を吐き出したかと思うと、何も言わずに真生子を横向きに抱え上げた。されるがまま、彼に運搬された先はやはり寝室だった。
普段二人で使っているダブルベッドの中央に、壊れ物でも置くかのように優しく横たえられる。やっぱり彼は優しい、嫌われてはいないようだ。回らない思考の中でホッと安堵する。覆い被さるようにベッドに乗り上げた典明の手が頬に触れた。
「ん……きもちい……」
ひんやりとした彼の手の平に、擦り寄るように頬を押し付ける。しばらく目を閉じてぼうっとその温度を感じていたが、やがてその手はするりと首を伝って襟元へ下ってしまった。
「のりくん……?」
ぷち、とブラウスのボタンが外れる音。寝苦しく無いように、服を脱がそうとしてくれているのだろう。それくらい自分で出来る、と真生子は自分の手を胸元へ持って行き、若干もたつきながらも何とか全てのボタンを外し終えた。そうしているうちに、典明は真生子のスカートに取り掛かっていた。こちらは簡単にファスナーを下ろされ、ストッキング共々引き摺り下ろされる。下着が彼の目に晒されるが、それで照れることが出来るほど、真生子の頭は働いていない。
ブラウスを取り払われ、上下の下着のみの姿になった真生子は満足して、さあ眠ろうとシーツの中に潜り込もうとした。典明も自分の服を脱ぎ捨てて、同じような格好だ。彼も寝巻きに着替えるのが面倒になったに違いない。
が、彼にぎゅうと抱き締められて、真生子の頭は疑問符で埋没することになる。脇腹付近を撫でていた武骨な手が駆け上ってくる。まるで、子供が与えられたとっておきのプレゼントを開封するかのような手つきでブラジャーの紐を下ろし、正面についているホックを外す。忽ち零れ落ちた乳房にかぶり付かれ、思わず声が漏れた。
「のりくん……? どうしたの……?」
尋ねると、典明はちゅぽんと音を立てながら乳首を解放し、はにかみながら顔を近付けてきた。
「すまない。酔った君が可愛くて、どうしても抱きたくなってしまった」
「……したいの?」
カーテンを閉め忘れた窓から差し込む、夜の街の光が、彼の綺麗な鳶色の双眸に、真生子の瞳の緑を映し出していた。真っ直ぐに見詰められながら、
駄目? 真生子はしたくない? と困り顔で尋ねられては、首を横に振る他なくなってしまう。
拒まれていないと解った途端、典明は性急に唇を貪り始めた。ぬるりと入り込んできた舌に、たどたどしく自分のそれを絡める。彼が飲んでいた酒の味が強く残っている。恐らく真生子の口内も同じだろう。彼の巧みな舌遣いに翻弄され続けるばかりで、真生子は到底敵わない。
息が苦しくなるほどの熱心なキスが終わったかと思えば、耳、首筋、鎖骨へと唇を落としてゆき、再び乳房に辿り着いた。少し冷たい外気に晒されて、固く張り詰めている乳首を優しく食まれ、そのむず痒い感覚に、太腿をモゾモゾと動かしてしまう。それを目敏く見つけ、典明はすかさずショーツを脱がしにかかった。
裸に剥かれた真生子は脚を持ち上げるよう言い付けられ、酩酊状態の働かぬ頭のまま、言われた通りに膝を上げる。ちゅ、ちゅと音を立てながら内腿に吸い付かれ、その擽ったさに真生子は笑った。
「何を笑ってるんだ、こんなに恥ずかしいことをしてるのに」
咎めるような声に顔を上げると、脚の間からこちらを伺う彼と目が合った。
ぬるり、と熱く柔らかいものが触れる感覚。舐められていると分かって、真生子の頬は急速に発熱した。一番感じる所を舌先で苛められ、吸い上げられ、零れる愛液を音を立てて啜られる。同時に、彼の骨張った指が中に潜り込んできて、つい、首を反らせて腰を揺らしてしまう。
好い場所を知り尽くした典明の的確な愛撫で、真生子はすぐに絶頂へ導かれてしまった。
「もういったの?」
「うん……だって、きもちいから……のりくんの舌が……」
息を整えながら、呟く程の声量で言うと、彼がクスリと笑う気配がした。
「もっと気持ち良くなりたい?」
「うん……」
「どうされたいのか、言ってご覧」
ああ、意地悪をされている。とすぐに分かったが、それに反発しようとは考えなかった。ひとつになりたい。欲求を口にすると、典明は唇の端を吊り上げ、満足気に笑った。
「今日の君は、素直で良い子だ」
脚の間に腰を割り込ませてきたかと思うと、すぐに、身体の中心に甘い衝撃が走った。
「あ……っ、ぅあ、」
唐突に杭を打ち込まれ、ぶるり、と背筋を震わせると、その振動で乳房が揺れる。それが気に入ったらしく、典明は中途半端に腰を押し付けたまま、真生子の胸を手の平で包んで、ぐにぐにと弄び始めた。揉んだり揺さぶったり押し潰したりされる様を眺めていると、子宮のあるあたりがきゅうんと切なく疼き始める。
「や……っ、胸だけじゃやだ……っ」
焦らされて泣きそうになりながら懇願し、結合部へ手を伸ばす。柔らかな陰毛が触れ合っている場所を掻き分け、ぬめるそこへ指を絡ませると、確かに彼自身が真生子へ突き刺さっているとハッキリ解って、ひとつになっているのだという実感が湧いてくる。
「せっかちさんだ。こうして欲しい?」
「あ、あ、」
ずぷ、ずぷと粘液を掻き回しながら突き上げられ、真生子は堪らず甘い声を漏らした。膣の壁が擦れる度、背筋を駆け上がるような快感が生まれ、何も考えられなくなってしまう。こうして毎度毎度、真生子は少しも抗えぬまま典明に翻弄されるのだ。
「あ……のりあき……もっと……っ、もっとして……」
身体を繋げていると、もうどうしようもないくらいに彼が愛しく、おかしくなりそうな程、好きで好きで堪らなくなってしまう。もっと彼と繋がっていたい、奥まできっちりと、一ミリの隙間もなく。
指を伸ばし、こちらを見下ろす典明の頬に触れる。彼の出っ張った喉仏が、僅かに上下したのが分かった。
「真生子……っ」
ぐいと真生子の脚を持ち上げ、典明は腰を押し進めた。子宮の入り口を鈴口で擦られ、あまりの刺激に声を上げながら仰け反る。根元までピッタリと太いものを差し込まれたかと思えば、すぐに引き抜かれ、抜ける寸前でまた勢い良く突き入れられる。
激しい律動を受け入れていると、十代の頃のまぐわいが思い出された。あの頃は、例の旅から帰還した直後であったという事情もあいまって、ただがむしゃらに互いを貪るばかりで余裕など無かった。共に成長し、大人になった今では、彼がこれほど激しく真生子を求めてくることは滅多にない。
「のりあき、好き……すき、すき……典明……、のりあき、」
彼の首にしがみ付き、ひたすら名前を繰り返す。「真生子、」切羽詰まったような彼の顔が見えた。唇を押し付けられ、激しく深いキスを交わす。「ぼくも好きだよ」僅かな息継ぎの合間に告げられ、真生子が何か言う前に再び唇を塞がれた。
ぐっと深く腰を沈められ、再奥で温かいものがじわりと広がるのと同時に、真生子は全身が硬直して頭の中が真っ白に染まるのを感じた。
◆◇◆
瞼越しに差し込んでくる光が眩しくて、堪らず寝返りを打つ。額がトンと暖かいものにぶつかって、真生子の脳みそは漸く覚醒し、ソロソロと目を開けた。視界いっぱいに広がる肌色に、彼の胸に顔を押し付けているのだとすぐに気が付いた。
「起きたのか?」
頭のてっぺんの辺りから、優しい声が降ってくる。僅かに目を上げると、半目で寝ぼけた顔をした典明が真生子を見つめていた。
「頭いたい……」
目覚めた直後から感じていた鈍痛を訴えると、彼は困ったように少し笑い、髪を撫でてくれる。休日前だからと、調子に乗って飲み過ぎてしまったのがいけなかった。「君のスタンドでも、二日酔いは治せないね」と苦笑され、真生子も少し笑った。
ふと、彼の腕が腰の辺りに回された。素肌が触れ合う感覚に、思わず首を傾げたくなる。
「どうして裸なの?」
言うと、典明はギョッとしたように目を見開いた。それから眉を顰め、鼻先が触れそうな程顔を近付けてくる。
「……覚えていないのかい?」
「玄関で靴を脱がせてくれた……」
「その後の事は?」
「……典くん……ゆうべ……その……しちゃったの……?」
顔にぼっと熱が集まってくる。確かに、意識してみると腰が鈍く痛むし、股の辺りもベタベタしていて不快な状態になっている。恋人同士になって何年も経つというのに、未だに「する」のは恥ずかしいのだ。それなのに、酔った勢いでしてしまうなんて。
「あんなに、素直で可愛かったのに。覚えてないのか……」
「す……素直?」
わざと大袈裟に溜め息を吐く典明に、真生子は慌ててしまう。泥酔して何を口走ってしまったのだろう、素面では絶対言いそうもない事まで口に出してしまったのだろうか。それは、恥ずかしい。何を言ったのか覚えていれば、もっと恥ずかしかったかもしれないが。
湯気が出そうな程、頬が熱くなっている。彼の目をマトモに見ていられず俯くと、赤くなった耳に典明が口付けてきた。
「思い出せないのなら、もう一度しようか」
思わず身動ぐと、下腹部の奥から何かドロリとしたものが流れ出してきたのがハッキリと感じ取れた。
しない! と大声で答えながら真生子はベッドから跳ね起き、典明にお尻を向けて床に落ちた服を拾いながらバスルームへ駆け込んだ。後ろから機嫌の良さそうな笑い声が聞こえてきて、真生子はさらに顔を熱くする羽目になった。