壊れかけた窓の向こうに、三日月がぼんやりと浮かんでいる。浴槽の中に膝を立てて座ったナミネは、じっと夜空を見上げていた。
湯船の水は冷たく、凍えるような温度だ。湯を沸かして運んでくれる召使たちはもういない。人でなくなってからというもの、温度というものに鈍感になってしまったらしい。昔なら到底浸かることのできなかった冷たい風呂にも、平気な顔をして浸かっていられるのだから、恐ろしいと思う。
水ですっかり身を清めた後、ナミネは新しく与えられた洋服に着替えた。少し露出が多いが、下品な印象は与えないドレスは、ナミネではなく兄の趣味だ。
乾いたタオルで拭ってもなお濡れたままの髪を鬱陶しく思いながら、ナミネは暗い城の中を歩いて寝室へ引き返した。
「よく似合っているぞ」
寝台に横になっていた兄は、ナミネが部屋に戻ってきたことに気付いて体を起こした。こちらへ来いと手招きするので、寄ると、ぐいと腕を引っ張られて彼の腕の中に倒れこんだ。そのままシーツの上に寝かせられたかと思うと、たちまち頭の両脇に腕を突かれ、逃げ場所をなくしてしまう。
「兄さん……」
静かな抗議の眼差しを送るが、ディオは愉快そうに笑っているだけで何も弁解しない。キスをしようと近づいてきた彼の唇を顔を背けて拒むと、兄はそれが気に入らなかったようで、顎を掴まれて強引に口付けられた。
がちゃ、と音を立てて互いの牙が当たる。思わず顔を顰めると、ディオは僅かに微笑んだような気がした。ぬるりと潜り込んできた舌から逃げようと、奥に引っ込ませたが、追いかけてきて絡め取られる。甘噛みされたり吸い上げられたりしているうちに、だんだんと頭の奥が痺れてとろけていく。
しばらく弄ばれ、解放されると、唾液が糸になってとろりと唇同士を結んでいた。
「ナミネ」
耳の奥に甘く絡みつくような声。ぞくりと背筋を震わせたあと、ナミネはハッとなって彼の瞳を見つめ返した。
「お前が欲しい」
素直な申し出に、ナミネにはただ頷く以外の選択肢がなかった。
◆◇◆
ディオの体の火傷はほとんど治癒し、あとは腹や背中に数カ所痕が残るのみとなっている。ナミネは彼の腹の上に、足のほうを向くようにして乗せられていた。
未だ若干の柔らかさを残す滾りにそっと口付け、牙が当たらないように気をつけながら舌を這わせる。口に含むと、ピクリと反応して微かに硬度を増すのがわかる。
ディオもこちらの足の間に顔を埋めて熱心に愛撫しており、敏感な部分を舌で擽られる度に尻が揺れてしまう。負けじと先端を吸い上げると、彼が呻くような声を小さく漏らしたのがわかった。それが面白くて何度か繰り返していると、ペチリと軽く尻を叩かれた。
「調子に乗るんじゃあない」
「ン……あっ! にいさんっ」
いきなり指を突っ込まれたかと思えば、今度はジュルジュルと音を立てながらそこを啜りあげられて、ナミネはおかしくなりそうなほどの快感に仰け反り、そのまま達してしまった。緩み切った口元から涎が伝い、彼の腹にぱたりと落ちた。
「もうか? 早いな」
くたりとした妹の尻を持ち上げ、ディオは薄っすらと笑うと、ナミネの身体の下から這い出した。うつ伏せのままグッタリしているナミネの背中に覆い被さり、幾つもキスを落とす。尻の割れ目に膨張しきったものが押し当たるのを感じ、小さく震えながら息を詰めた。
「力を抜けよ」
指で左右に開かれ、剥き出しになった場所に彼の先端が潜り込んでくる。そのまま、ぬるり、と簡単に侵されて、堪らず呻いてしまう。コツンと子宮を擦られると、甘く痺れるような感覚が駆け上がる。ディオが荒く息を吐いたのが分かり、下腹部の疼きがきゅうっと増した。
「にいさぁん……」
震えながら甘えるような声を出して振り返ると、僅かに細められたルビーの瞳と視線がぶつかった。キスを強請れば、彼はすぐに応えてくれる。ちゅっちゅっと可愛らしい音を立てるキスを続けながら、ディオはゆっくりとピストンを始めた。
カリのギリギリまで引き抜いてから、奥へ向かって少しずつ押し込む。全て入ったらまた引き抜く、の繰り返し。また抜けてしまう限界まで引き抜いたかと思うと、ナミネの腰を掴み、奥まで一気に突き上げてきた。
「ひっ!」
強烈な快感にびくんと仰け反ると、それを合図にしたかのように、容赦のない激しい律動が始まった。肌と肌がぶつかり合う乾いた音が部屋に響くのに混じって、淫猥な水音が結合部から漏れ出す。自分の身体の素直さが恥ずかしく思えた。シーツを握り締めながら唸るナミネが愉快で堪らないらしく、ディオの微かな笑い声が背後で聞こえた。
「顔をよく見せろ……ほら。こっちを向けよ」
「やっ……」
繋がったまま腕を引かれ、体を反転させられる。その動作のせいでぐるりと中を引っ掻き回され、ナミネはまた喘いでしまう。
正常位に戻ると、ディオは容赦のないピストンを繰り返し始めた。熱く太い杭が体の中を往復し、奥をこすりあげられる度に自分の意思とは無関係な甘ったるい声が漏れ、淫靡な露が溢れ出して零れ落ちる。とろけきった場所は、もう何度も繰り返し穿たれてじんじんと痺れ始めていた。
固く閉じていた目を開けると、こちらを楽しそうに見下ろす彼と視線がぶつかった。
「あ……ディオ兄さん……」
懸命に彼の胸にしがみつき、震える声で名前を呼ぶ。ディオは愛しくてたまらないというような笑みを浮かべ、歪みきった愛情に塗れたキスをナミネに振舞った。
「好き……兄さん……離さないで……っ」
彼の背中に手を回し、ナミネはうわ言のようにそう繰り返した。
離さないで、ずっと一緒にいて、一人にしないで。ディオはそれらすべてに頷き、ナミネを強く抱き締めると、やがて奥に白い飛沫を吐き出して果てた。
◆◇◆
「ジョナサンは今頃どうしてるのかしら」
シーツに身を横たえたナミネは、ぼうっとそう呟いた。
問い掛けでは無い、ただのその独り言を、ディオは敏感に聞き取ったらしい。後ろから体を抱き締められると、触れ合う肌が冷たくて心地良かった。
「ベッドの上で、他の男の名を出す奴が居るか」
頭上から聞こえてきた、ムッとしたような声に、つい笑ってしまいそうになる。くしゃり、と髪を掻き回す手は骨張っていて男らしい。体を反転させ、彼の胸に寄り添うようにする。ディオはそんな些細なことで機嫌を直したようだった。
「……さっきのことは本当?」
「さっき?」
「ずっと一緒に居てくれる?」
彼の胸板に頬を押し当てると、冷たい肌と肉の奥で、ゆっくりと心臓が動いているのが分かる。こんな身体になっても彼は生きている。そして、同じように人としての生を放棄した自分も。
「当然だ……おれたちは永遠に一緒だ。何度も言わせるな」
髪を梳く指にそっと触れながら、そうね、とナミネは蚊の鳴くような声で呟いた。
その誓いは、そう遠くないうちに破られるであろうことをナミネは予感していた。それでも尚、彼と共に闇の途へ足を踏み入れ、悪をその身で体現する兄の全てを甘んじて受け入れようとするのは、歪曲した彼への愛情がそうさせるという他なかった。
「愛してるわ」
おれもだ、という彼の呟きに一時の安寧を得て、ナミネは溜め息と共に目を瞑った。