母が死んだばかりの頃の夢を見ていた。
狭くて薄暗い、隙間風の吹き込む部屋。襤褸いシーツと毛布を被り、震える小さな手を、一回り大きい手がぎゅっと握り込んでいる。よく母がしてくれたように、兄もそうして妹を寝かしつけるのだ。兄の手はいつも少し冷んやりとしていたのだけれど、一緒の毛布に入ると温かくて。
ナミネはいつも、そんな優しい兄にしがみ付いて、安心して眠るのだ。
「──……ナミネ、こんなところで眠っていたら風邪を引いてしまうよ」
不意に名前を呼ばれて、微睡みの淵から意識が引っ張り上げられる。
ぼんやりと目を開けると、煌々と燃える暖炉と、自分が座っている赤い革張りのソファ、豪奢な装飾で飾られた室内の様子が目に飛び込んできた。すっかり見慣れてしまったジョースター邸のリビングだ。夕食の後、ここに座ってくつろいでいたことは覚えている。どうやらそのまま眠ってしまっていたらしい。
声をかけてきたジョナサンは、ナミネが目覚めたのを確認して、少しだけ笑ってみせる。うたた寝しているところだなんて、恥ずかしいものを見られてしまった。ナミネは頬を赤く染めた。
「やだわ、わたしったら」
「学校で疲れちゃったのかい?」
くしゃくしゃと軽く頭を撫でられる。小さな子供をあやす様にされて、ナミネは少し頬を膨らませ、もう子供じゃなくてレディなのよ、とむくれた。ジョナサンは楽しそうに笑うと、そのまま踵を返して二階の自室へ向かっていった。
「今日は早めに休むといいよ」
「そうする。起こしてくれてありがとう」
階段を登りながら振り返った義兄にそう返事をして、ナミネも就寝の支度のために重い腰を上げた。
その時、吹き抜けの二階の手すりに凭れるように立って、ディオがこちらを見つめているのに気がついた。ナミネは小さく手を振ってみたが、彼はふっと視線をそらして、廊下の向こうへ消えてしまった。
◆◇◆
風呂に入って身体を清潔にし、すっかり身支度を整えて、ナミネは自分にあてがわれている部屋へ戻った。召使いが用意してくれた、ふんわりして柔らかなネグリジェは、レースで可愛らしく飾られている。
ふと、さっき見た夢のことを思い出した。あの頃は、古着屋で安く買った皺くちゃの寝巻きを着ていたのだ。もちろん飾りなんてついていないし、素材もこんなに上質なものではない。ベッドに腰を下ろし、レースの裾をそっと撫でる。
あの頃とは何もかも違う贅沢な暮らし。ジョースター卿に引きとられてから、もう五年近くも経つというのに、なぜ今更あんな夢を見たのだろう。
ぼんやりと物思いにふけっていると、唐突にドアがノックされて、驚いて顔をあげた。こんな時間に訪ねてくるのは、一人しかいない。ナミネは返事をしてから急いで扉に駆け寄り、ノブを捻った。扉の外には、予想通り実兄のディオがしかめ面で立っていた。
「兄さん。どうしたの?」
彼を室内に引き入れながら、ナミネは笑顔で問うた。ディオは、後ろ手にドアを閉めた後はだんまりを貫いて、答えないままでいる。
「……兄さん?」
なんだか、機嫌が悪いようだ。それが何故なのかまではナミネには分からない。
二人して突っ立って、どちらも言葉を発しないまま、数十秒ほどの間が空く。ほんの少しの時間だが、なんだか気まずく感じられ、何分間ものように感じた。
兄の顔を恐る恐る覗き込むと、彼は目だけでちらりとこちらを見返して、ようやく口を開いた。
「…………あいつと何を楽しそうに喋っていたんだ」
ナミネは目を瞬いた。この兄が、何のことについて激昂しているのか、依然としてわからないのだ。
何も答えない妹に業を煮やしたらしく、ディオはチッと舌を打つ。
「前から言い聞かせてきたことだろう? お前は必要以上にジョジョと関わるな」
そこまで言われてようやく、兄は、夕食の後にリビングで義兄と談笑していたことが気に食わないのだ、とピンときた。
でもそんなの、いつもと変わらないことじゃないか、と口答えしようかと思ったが、思い留まって口を閉じる。もしかして、頭を撫でられたことが気に入らなかったのかもしれない。
それから慎重に言葉を選び直し、ナミネはそろそろと唇を動かした。
「……ジョナサンは……わたしの本当のお兄さんのようになろうと頑張ってくれて、」
「ナミネ……」
低く名前を呼ばれて、ナミネは背筋を震わせる。
この声は、苛々している時の声だ。肩を竦めて怯えていると、ディオの腕が伸びてきて、乱暴に腕を掴まれた。驚き半分と、恐怖半分とが混じった声を出すと、兄はぴくりと眉を釣り上げる。
「お前の兄はこのディオだけだ。……忘れたのか?」
「そ……そんなこと……」
「それとも、お前まさかジョジョのことが好きなのか? どうなんだ」
「ち、違う……! だって、」
ジョナサンも、ジョースター卿も、本当の家族になろうとしてくれているのに。
そう言い返そうとして口を開いたが、最後まで言葉を紡ぐことは出来なかった。
体を引き寄せられて。兄の長い睫毛が間近に見える。唇には、冷んやりとした柔らかい感触。キスをされている、と分かるまでに、それほど時間は掛からなかった。
頭を押さえつけられて、逃げられないまま、唇を舌で割られて押し入られる。ぬるりとした感触に怯えて舌を引っ込めるが、追いかけられて絡め取られた。散々弄ばれ、甘噛みされ、吸い上げられて、もう何も考えられなくなったところで、ようやく解放される。
まともに立っていられなくてその場にへたり込むが、ディオに無理矢理腕を引っ張り上げられて立たされた。そのまま半ば引き摺られる様にしてベッドまで連れていかれ、シーツの上に突き飛ばされ、なす術もなく倒れこむ。
覆い被さるようにベッドに乗り上げてきた兄を見上げながら、ナミネはただただ呆然とする他なかった。
「……な、んで? 兄さん……」
もう、状況が理解出来ない。
自分の上にある兄の身体。頭の横に突かれた腕は、かつてと比べようもない程に逞しく、逃れることなどできそうもない。
スッと細められた瞳の冷たい視線に射抜かれて、ナミネは小さく身震いした。
「なんで……だと?」
「こんなの、おかしい」
きょうだい、なのに。
震える声で呟くと、兄は口元を歪めて笑った。
こんなキスは、血の繋がった兄妹がするようなものではない。まして、彼がこれからしようとしていることが、ナミネの予想通りなら、なおさらだ。
ゆっくりと首を横に振って拒絶の意思を示すが、ディオには聞き入れるつもりは無いらしい。
「いいか、ナミネ」
兄の手が、ネグリジェのボタンを乱暴にいくつか外していくのを、ただ黙って見下ろす。
ふるん、と外気に曝された乳房を、腕で庇って隠そうという気すらおきない程に、ナミネは気圧されていた。指一本、動かすことを許されていないような。彼の目に真っ直ぐ見下ろされて、体が緊張でがちがちに固まってしまっている。
「もう一度言う。お前の兄は、このおれだけだ。そしてお前は、おれの物だ。他の誰にもやるつもりはない」
ぎゅっと、力を込めて乳房を掴みあげられて、痛みから思わず鈍い声をあげてしまった。
「喜べよ。お前の大好きな、このディオが、お前を女にしてやる」
ナミネは息を呑んだ。改めて、兄がしようとしている行為を認識させられ、今になって恐怖が込み上げる。
凍りついていた体を必死に捩り、ベッドの外へ逃げようともがく。ディオはそれを面白そうに見ているだけだ。やっとの事で上体を反転させたところで、後ろから伸びてきた彼の手に抱きすくめられる。胸を揉まれながら、乳首を爪先で引っかかれると、ビリっとした甘い痺れが体の中を走り抜けた。
「あっ……」
「逃げられると思っているのか」
「や……!」
ネグリジェの丈をたくし上げられ、ドロワーズを引き摺り下ろされる。
後ろから脚の間に手を突っ込まれ、ナミネは喉に貼り付いたような短い悲鳴を上げた。
「にいさん、やめて……っ」
「フン……」
絞り出すように口にしたささやかな抵抗も、鼻で笑って流されてしまう。
腕を引っ張られて元の体勢に戻された後、嫌がる暇もなく、脚をぐっと大きく開かれた。あまりの恥ずかしさに顔を手で覆う。自分でまともに見たこともないような部分が……未来で出会うであろう、生涯を共にすることを誓った相手にしか見せる予定のなかったところが、今、自分の実兄の目に曝されている。
実に耐え難く、屈辱的で、恥ずかしい。
兄の美しい指が、ゆっくりと襞を開いて奥を暴いていく。中から何か熱いものが込み上げて溢れるのすら感じる。ナミネはぶるりと震えた。
「おいおい……濡れてるじゃあないか。嫌じゃなかったのか?」
答えることもできない。ついに涙腺が決壊して涙が溢れ出し、頬を伝ってシーツに落ちてシミを作る。
ナミネが静かに泣いていると、ディオは小さく舌打ちをした後、自分の腰に手をかけてベルトを外し始めた。見ていられなくて、ナミネは顔を背ける。少しの間の後、何だか酷く熱くて硬いものが足の間に押し当てられ、ナミネはあまりの恐怖から、気をやってしまいそうに感じた。
「……冗談、だよね?」
「『これ』が冗談に思えるのか?」
グリグリと、それを擦り付けられて、ジッとしていられずに身じろぎする。
やめて、と蚊の鳴くような声で呟いた言葉は、兄の耳に届いたのだろうか。どちらにしても、彼にはこの行為を中断する気などこれっぽっちもないのだと、ナミネにだって分かっている。
それでも、今にも貞操を汚そうとしている兄の胸に手を突っ張って、抵抗せずにいられなかった。
「兄さん、おねがい、やめて……っ」
たちの悪い悪ふざけであって欲しい、と。
切ない願いも虚しく、ディオはナミネの腰を強く掴むと、そのまま強引に肉を割って挿入した。
「──……!!!」
ぶち、と中が引きつれて破れるような感覚。狭いところを無理矢理こじ開けられるような激痛。
あまりの衝撃に声すら出すことが出来ない。途中で突っかかると、ディオは深く長い息を吐きながら、抜いては浅く入れ、抜いては入れ、を繰り返す。そうしているうちに段々と馴染んできた膣は、自分の意識とは関係なく、兄のそれを締め上げる。
最終的に、互いの金色の茂みはピッタリとくっついて、一ミリの隙間すら無く、肌と肌が触れ合った。
「うそ……」
ずっぷりと、一番奥まで、根元まで差し込まれたそれを体内に感じながら、ナミネは震えた声で呟いた。
こんな、ことって。
今自分たちがしている「これ」は、しちゃいけないことだ。
頭の中で道徳と倫理とが警鐘を打ち鳴らしている。これは──「いけないこと」、だ。
「ふっ、……フフ」
体と心の両方の痛みと、ショックとで呆然としている妹をよそに、ディオは喉の奥で笑いを漏らす。そうしてわざと、腰に軽く揺さぶりをかけて、ナミネの顔が痛みに歪むのを楽しそうに見つめてくるのだ。
「なぁ……どうだ、ナミネ。嬉しいか? 気持ちいいか? 実の兄に処女を奪われるってのは……。なあ、嬉しいだろ?」
ナミネは、やはり答えられない。ぶるぶると震えながら、ただ涙をこぼしていると、返事が無いことに腹が立ったようで、ディオは急にピストン運動を始めた。
抜けてしまうギリギリまで引き抜き、それから強い力で無茶苦茶に奥を突き上げる。当然気持ち良くなんてない、嬉しいだなんてもっての外だ。それなのに、痛いのに、ディオのそれが抜き差しされる度に、喉の奥から嬌声がせり上がって来て、漏れてしまうのだ。
「にい……さ、ぁ、ん、」
「嬉しいと言えよ、ナミネ」
「い、や……いやっ……いたい、痛……」
弱々しくかぶりを振るが、ディオは楽しそうに見下ろしてくるだけだ。ベッドの端に逃げようと体を捩っても、ぐいと腰を引き寄せられて、より一層強く打ち付けられる。無駄だ、と、兄の切れ長の目が言っている気がして、ナミネは体から力を抜いた。もう、諦める以外の選択肢が見つからない。
思えばこの人は昔っからこうだった気がする。
妹は自分の所有物だと宣い、その所有物が勝手な振る舞いをすると、露骨な暴力こそなかったが、とにかく機嫌を悪くする。全てが自分の思う通りになると思っているのだ。そういうときは、ナミネが何を言っても、どうしようもない。
「……さ、しく」
「ン?」
「せめて、……優しくして……おねがい……にいさん。痛いのは、いや……」
潤みきった目で縋るように兄を見上げると、自分と同じ琥珀色の双眸が、じっとりとした眼差しを投げかけてくる。彼はクッと唇の片方を吊り上げた。
ゆっくりと顔を近づけて、ナミネの唇に自分のそれを重ね合わせる。驚くほど優しいキスだった。
「ナミネ……」
ディオは、適当にはだけられていたネグリジェのボタンを、今度は丁寧に外していく。一層露出させられた乳房を、彼の手が撫で回す様子を、ナミネは恐々として見下ろしていた。
先程とは打って変わって優しい手付きだった。柔らかく揉みほぐされ、時折先端をきゅっと摘み上げられると、体の奥にじわっとした甘い痺れを感じる。思わず鼻にかかったような声が漏れ、それを隠したくて身を捩らせると、それに気付いたディオは今度はナミネの腹に手を伸ばした。脇腹のラインを撫で下ろし、兄妹が繋がっている部分へと手を滑らせる。薄い茂みを指先で掻き分け、一際感じやすいところに触れられる。兄にそこを押し潰されると、自分でも思いもよらない程に感じてしまうのだ。
「あっ、そこ、ヘン、いや……っ」
「気持ちいいのか?」
ぬめりを指の腹に絡められ、それで擦り上げられると、足の先まで電流のような刺激が走る。背筋が仰け反って、何かを掴みたくてシーツを固く握り締めると、兄の手が伸びてきてその手をとり、自らの首に回させた。
「ああ……滑りが良くなってきた」
ディオが腰を引くと、にちゃりともぐちゃりとも形容し難い音がそこから漏れる。狭い所を無理矢理押し開かれているような、引きつる様な痛みに変わりはないが、確かに先程よりも少しは楽になったような気がする。中の肉壁が擦りあげられ、妙な感覚が込み上がってきた。
「んァ……っ、はぁ、」
「そうら、段々良くなってきたんじゃないか? 体は素直ってのは本当だな」
「ちがう……ちがうの……っ」
「何が違うんだ? 見ろよ」
「あっ……!」
いきなり陰茎を引き抜かれ、見せつけるように突き出された。ベッドサイドのランプの光に照らされて、彼のそれはてらてらと濡れ光っている。それが自分が分泌した愛液なのだと認識して、ナミネは顔に血が集中するのを感じた。ディオは楽しそうに、指でその蜜を引き伸ばし、人差し指に絡めて、光に翳して眺める。そうしてからナミネの目前に突き出し、指に絡みついた赤い一筋を見せ付けた。
「あ……」
「これがなんだかわかるよなァ?」
「いや……いや、」
「いや、じゃないだろ? これはお前が感じてる証拠だ。おれに穢されながら……」
もうお前は乙女じゃない、と耳元で吹き込まれ、ナミネは小さく震えた。
改めて認識させられた、清らかな体でなくなった、という事実は、ずっしりと、心に突き刺さる。しかも、相手は実の兄だ。
静かに涙を流していると、ディオが再び体の中に押し入ってきた。一度緩んだ膣口は、いとも簡単にそれを呑み込んでしまう。恐らくはわざとゆっくりと体を進めてくるディオを直視できず、ナミネは目を腕で覆って隠した。
「ナミネ、おれの顔を見ろ」
「やっ……」
強い力で腕を脇に退けられ、顎を掴まれて強制的に正面を向かされる。射抜くような視線とぶつかって、ナミネは一瞬泣くことも忘れて息を呑んだ。ディオが腰を動かして、ぐり、と奥を抉る。ヒッと引きつった声を漏らすと、彼はさも満足そうに笑うのだ。
「にい……さあ、ん……」
「自分が誰に何をされてるのか、ちゃんと見てろ」
目をつむってしまいたいのに。まっすぐに見つめられながら低い声でそう言われると、なぜか、目が離せなくなる。
ディオの骨ばった手がナミネの足を持ち上げる。足を折り曲げて押さえつけられ、屈辱的な体勢のままピストンが再開されて、ナミネは泣きながら喘ぎ声を殺すしかなかった。
「に……さん。ディオ兄さ……っ」
「ナミネ……」
「ひどい……っ、ひどいよ、こんな……」
言葉を遮るように、ディオのキスが降ってくる。ねっとりと舌を絡め取られ、味わうように唇を舐められる。唇を重ねながら、胸を優しげに愛撫され、ナミネの肩はびくりと震えた。
段々と、速く激しくなっていく抽送に、気を持っていかれそうになりながらも、ナミネは必死に堪えた。荒い呼吸に混じって漏れる声をあざとく聞きつけて、ディオは嬉しそうに笑う。
もう何もわからなくなっていた。痛みに抗うより、徐々に増す快楽の波に呑まれてしまうほうが、よっぽど楽なのだ。いつの間にか、兄の首にかけていた手はずり落ちて、背中に爪を食い込ませている。
朦朧としてきた意識の中で、最後にディオが言った言葉が、胸の奥に突き刺さった。
「──……ナミネ、愛してる」
わたしだって愛しているわ、ディオ兄さん。
だけどそれは、兄妹の間の愛のことではなかったの?
自身の腹の上に熱いものが放たれるのを見下ろしながら、ナミネは遂に意識を手放した。
◆◇◆
遠くで、鳥が鳴いている。重たい瞼を持ち上げると、まだ夜が明け切っていない薄闇の中、シーツの波の上に金の糸が散らばっているのが見えた。覚醒しきっていない意識の中で、それを辿っていくと、どうやら自分に繋がっているのではないとわかった。
長い睫毛に縁取られた、お揃いの琥珀色の瞳は、今は固く閉じられている。規則的な寝息と共に、彼の広い肩に掛かったシーツが上下していた。
なぜ兄がここにいるのか──眠たい頭でも、すぐに思い出すことができた。夕べの記憶がありありと蘇る。半ば無意識にディオから距離を置こうとしたところで、自分の両手がぎゅっと握りしめられていることに気が付いた。
(……あ、)
これは……この手の繋ぎ方は、小さな頃と同じだ。
夕べ、リビングのソファで見た夢が頭を過る。ナミネの両手は、あの頃の様に小さく無いし、ディオの手だって、もう、一回りどころか二回りも三回りも大きくなり、骨ばっているが。ナミネの手を合わせて、それをディオの片手が包み込むように掴んでいる。兄の手はやはり冷んやりとしているが、シーツの中は温かさで満たされていた。
自分の身体を見下ろすと、乱されていた衣服はすべて元通りになって、しっかりと肩の上までシーツが掛けられている。ディオが直したのだろうか。なんだか、妙な感じだ。もしかして夕べのことは夢だったのではないか、という気さえする。この五年で、身の回りの環境は全てと言っていいほど変わってしまったが、兄だけは、実は何も変わっていないのだ。妹には、本当は優しいところだって。
再び重くなる瞼に抗わず、ナミネは再び眠りについた。
もう一度目を覚ました時、ベッドの上に兄の姿はなかった。
カーテンの隙間からは朝の光が漏れ出している。耳を澄ますと、階下ではすでに朝の支度が慌ただしく始まっているようだ。ナミネは、ゆっくりと体を起こした。下腹部がズキズキと痛む。その鈍痛は、昨日のことは夢では無いのだ、とナミネを嘲り笑っているかのようで、不快極まりない。
メイドに手伝ってもらって着替えてから階下に降りる。ダイニングルームには、既に義父と、ディオが席についていた。ジョナサンはまだ支度をしているようだ。二人に、おはようございます、と何でもないように挨拶をして、執事が引いてくれた椅子に座る。
兄の様子をちらりと伺ってみると、彼の方もこちらを見ていた。目が合い、ヒヤリ、と冷たいものが背筋を駆け下りる。昨日のことを思い出して、その目を見続けることが出来ず、目を逸らすと、ごくごく小さく笑ったような気がした。とりわけ普段と変わりないその様子に少し腹が立つ。
ジョナサンが遅れてダイニングへやってきて、ジョースター卿の一声で朝食が始まる。
テーブルの上で交わされる細やかな雑談と、美味しそうに料理を食べるジョナサンの笑顔。それを見つめるジョースター卿の暖かな眼差し。完璧なマナーでフォークとナイフを使うディオの仕草ですら、いつもと変わらない。
変わってしまったのはディオとナミネの関係だけだ。
今日に限っては味のよく分からない料理を飲み込みながら、ナミネは胸に燻る黒いものも、一緒に噛み砕こうとした。