部屋の中にひとつだけ灯した蝋燭の火が、ゆらゆらと揺れている。
柊は布団の中で体を丸めたまま、遠くの広間の方からうっすらと聞こえてくる騒ぎ声に耳を傾けていた。ひと月も続いていた作戦が無事に成功を迎えたことを祝う宴会は、どうやらまだまだ終わらないようだ。楽しげなどんちゃん騒ぎのことを思うと、疲れているからと少し早めに切り上げたことを、なんだかちょっぴり後悔してしまう。
(あに様も、朝まで飲むおつもりでしょうか)
一人でいる時、考えるのは愛しい兄刀のことばかりだ。
今頃も、きっと共に新撰組の刀だった旧知の者たちと楽しく飲み交わし続けているのだろう。同じ脇差の堀川国広はもちろんのこと、加州清光や大和守安定、そして長曽袮虎徹も、和泉守兼定の兄妹刀ということで皆優しく接してくれる。けれど、刀の時代の終わりかけに生まれて、戦を知らない柊は、彼らの話の輪に入っていけない。
彼らと一緒にいると、それが時々、寂しくなったり、憎らしくなったりする。
まるで拗ねた子どものようだとは分かっている。本当は和泉守の隣にくっ付いていたいのに、あえて彼の酌を断って部屋に帰ってきたのだ。広間を出るとき、堀川が心配そうにこちらを見つめていたから、きっと察しのいい彼には何もかも伝わってしまっているのだろう。けれど、今さら席に戻る気にもなれなかった。
彼のことを考えると、愛しくて寂しくてどうしようもない気持ちになってしまう。
柊は体を起こして、座椅子の背にかけてある布を見た。だんだらに染められた浅葱の外套。和泉守がいつも身に纏っているものだ。
柊は手を伸ばして、そっと外套を引き寄せた。意味もなくキョロキョロと周りを見回して、当然ながら誰も見ていないことを確認してから、それを胸に抱き締める。鼻先を寄せると、大好きな彼の匂いがした。
「あに様……」
無意識に漏れた小さな声は、自分でも驚くほど弱々しく情けない。
外套を抱いたまま、再び布団の上に転がる。こうしていると、まるで彼に抱きついているようだ。いけないことをしているという背徳感も相まって、胸が急にドキドキしてくる。
むずむずと妙な感情まで湧き上がってきて、柊の身体は徐々に熱を持ち始めた。
……そういえば最近、お互い出陣が続いていたせいで、あまり彼に「愛して」もらっていない。夜はいつも一緒の部屋で眠っているというのに、触れ合いらしい触れ合いといえば、せいぜい手を繋いで唇を合わせるくらいだ。
柊は、いつの間にか自分の脚がピタリと閉じて、無意識に膝を擦り合わせていたことに気が付いた。
これは、すごくいけない。いけないと分かっているのに、疼きだしたものは自分では止めようがなかった。
「…………」
外套に顔を埋めたまま、そうっと下腹部に手を滑らせてみる。寝間着の裾を割って、湿気ってきた内腿に触れると、驚くほど熱くなっているのが分かった。
おそるおそる、そのさらに奥、滑らかな亀裂へ指を進める。ぬる、といやらしいものが絡み付いてきて、顔が燃えるような恥ずかしさを覚えた。彼の衣装を抱き締めただけで、こんなヘンな気持ちになってしまうなんて。いつの間に、こんないやらしい体にされてしまったのだろう。
(あに様のせいだ。あに様のせいだ……)
緊張で震える指で、敏感なところをそっと擦ってみる。思っていたよりもずっと気持ち良くて、呼吸が、鼓動がどんどん乱れていく。
この手が自分の手じゃなくて、彼の手だったら……。そう想像しただけで腰が跳ねてしまう。硬くなり始めた核を押したり、指の腹でくるくると撫でたりすると気持ちが良くて、つい熱心に繰り返した。
「あ……はぁ……は……あにさま……っ」
声に出して彼を呼ぶたび、きゅんと下腹部が締め付けられる。
いつもみたいに、たくさん触れて、可愛がってほしい。
切ない願いが心の中で大きくなると共に、指の動きもついつい激しくなる。くちくちと水音まで聞こえてきて、柊の身体はいよいよ絶頂に向けて昂ぶってきた。
「あっ……あに様、あにさまっ、あっ……──」
すっ、と障子の開く音がした。
「ん? なんだ、まだ起きてたのか」
……後ろからそんな声が飛んできて、一瞬、心臓が止まってしまったかと思った。
柊は、ほとんど反射的に腿の間から手を引き抜いた。おそるおそる振り返ると、鼻の頭をほんのりと染めた和泉守がそこに立っている。自慰に夢中で、廊下から聞こえる足音に全く気がつかなかった。
和泉守は機嫌がよさそうに頬を緩めていたが、柊が自分の外套を握り締めていることに気が付いたらしい。怪訝そうに片眉を上げて目を細めた。
「……何してんだ? お前」
「え……、と」
後ろ手に障子を閉めて、和泉守はズカズカと布団に近寄ってくる。柊は後退りしながら、思わず自分の体を外套で隠した。
「それ、オレの……」
「これはそのっ……あに様がいなくて寂しくて、ね、眠れなくてっ……す、すみません」
しどろもどろな言い訳で誤魔化せるはずがない。自分の顔が真っ赤になっているのがハッキリ分かった。蝋燭の光しかない部屋の中で、彼にそれが分からなければいいと願ったが、気づかれないはずがない。背中をつぅと冷たい汗が伝い落ちる。
和泉守はしばらく柊の様子を伺っていたが、やがてニッと口角を上げて、妹刀の手から外套を取り上げ、布団の外へ放ってしまった。
「……ふぅん。そいつは悪いことしたな」
「……」
困惑する態度を楽しむように、ジロジロと顔を見つめられたかと思えば、急に右手を掴まれて彼の眼前に引き出されてしまった。
「あ……!」
「どんな風に寂しさを紛らわせてたのか、じっくり聞かせてもらおうかねえ」
拭う暇もなかった指は蜜に濡れて、蝋燭の灯りをてらてらと反射している。
彼は全て気付いている──そう分かった瞬間、頬が一気にかあっと熱くなった。恥ずかしい。自分で慰めていたことがバレてしまうなんて、信じられない。心臓が早鐘を打ち始め、いたたまれなくなった柊はとうとう俯いてしまった。
「……ご、ごめんなさい……っ」
「ああ、悪い子だ。オレが戻ってくるまで待てずにひとりで楽しんじまうとは」
芝居掛かった口調で言うと、和泉守は柊の背中に腕を回して支えながら、もう片方の手で脚を撫でてくる。大きな掌が、膝へ、腿へ。ゆっくりと這い上がってくるたび、ゾクゾクと堪らないものが背骨の上を走った。
「あ……あ……」
「オレの羽織を嗅いで、なに想像してたんだ? この助平め」
次々に言葉でなじられて、泣きそうになりながら和泉守を見上げる。愉快で堪らないと言いたげに、意地悪そうに口元を歪めた彼と目が合った。ことのほか優しい仕草で軽く口付けされる。ほんのりと酒の味がして、なんだかこっちまでくらくらしてきた。その間にも彼の手は腿の内側へ入り込んで、ぬるぬるにとろけた場所を指でなぞる。
「ひっ、」
「おーおー……溢れかえってんじゃねえか。どこをどうやって弄ってたんだ。ここか?」
「あ、ああっ!」
核をいきなり摘まみ上げられては、声を抑えようにも飛び跳ねてしまう。彼の指は器用にそれを挟み込んで、扱くように擦る。自分で触るのとは比べ物にならないほどの快楽に、柊は首を振りながら喘ぎ声をあげた。
「やぁ、あっ、あにさま、ダメっ」
「ダメだぁ? じゃ、こっちか?」
「……っ!」
指が下へ滑り、ぐずぐずになった入り口を探り当てる。いきなり中に潜り込んできて、柊は息を飲み下した。
自分では怖くて触れなかったところを、彼の指は簡単にこじ開けてしまう。柊の中があまりに潤っているせいか、和泉守がフッと笑ったような気がした。彼は手を前後に動かして、指を抜き差ししながらわざとらしく音を立てる。
「オレにこうされることを考えながらしてたんだろ」
「に、さまっ、あに……さまっ、あっ、あっ」
恥ずかしいのに、みっともないと分かっているのに、ついつい彼の手の動きに合わせて腰が揺れてしまう。上のほうの壁を優しく擦られると、あまりに気持ちよくて脳みそが溶けてしまいそうになる。
そう、自分の指ではなくて、彼の手で、こうされたかったのだ。和泉守の着物にしがみ付きながら、数分もしないうちに柊は達してしまった。
「──は……っ、あ……っ」
内腿がピクピクと痙攣する。彼の指を、柔らかい肉が無意識にきゅうきゅうと締め付けてしまう。
「……なぁんだ、もう終いか。ずいぶん早かったな」
「う……」
和泉守はニヤッと笑ってみせると、柊から引き抜いた自分の指を見せつけるように舐めた。彼の手がぐっしょりと濡れているのがハッキリ分かったが、恥ずかしがる余裕もない。
自分で自分を慰めていたことを知られた恥ずかしさなどどうでも良くなるほど、彼に触れてもらっていることが嬉しかった。快感の波が引いても、柊の身体は色々な期待を孕んで、熱を保ったままだった。
けれどやっぱり、和泉守はイジワルだ。
「すっきりしたろ。さ、今日はもう寝ようぜ。疲れてるんだろ?」
「……?」
背中を支えていた彼の手がすっと離れて、布団の上に体を寝かされる。困惑していると、一瞬だけ額に彼の唇が落ちてきて、すぐに離れていってしまった。
てっきりこのまま最後まで抱いてもらえるとばかり思っていたのに。身体は熱く疼いたままで、彼の手で、全身で、愛してもらえると思っていたのに。
柊は布団から跳ね起きて、彼の背にぎゅうと抱き着いた。
「や……やですっ」
「あん?」
「こ、このままなんて……っ」
「もう満足しただろ」
和泉守は上半身を捻らせて振り向くと、柊の頭を軽く撫でる。こちらを見つめる彼の顔は実に楽しそうで、いつもの意地悪を気紛れにしているだけだと、本気で言っているわけではないと、すぐに分かった。
けれど、今は。柊はもうあんまりにも恥ずかしくて切なくて、寂しくて堪らなくなってしまって、急に視界が滲んでいくのをどうやっても誤魔化せなかった。
「……柊?」
「あ……あにさま……後生ですから……も……イジワルしないでくださいっ……柊は、こんなに……あなたさまのことを想ってっ……こんなふうになってるのにっ……」
ぽとぽとと、熱い涙が目からこぼれ落ちていく。最後のほうの言葉は嗚咽交じりになってしまって、彼の耳に届いたかどうか分からなかった。
和泉守は絶句し、慌てて柊の頬を袖で拭う。彼の胸に抱き寄せられると、嗅ぎ慣れた大好きな匂いがいっぱいに広がった。しがみ付けば、すぐに優しく髪を梳いてくれる。
「あ~……悪い悪い。いじめすぎちまったな」
「ひっく、ぐす、」
「可愛い奴。オレに抱いて欲しくて泣くたぁねえ……」
くく、と小さな笑い声が聞こえてきた。
彼の腕が肩に回ったかと思うと、気が付いた時にはもう、柊は褥に引き倒されていた。
「あっ……」
「嫌がっても止めねえぞ、覚悟しろよ」
こちらを見つめる彼の目つきが、一気に熱っぽく、鋭くなったことに気が付いて、胸の奥がにわかに騒がしくなった。
和泉守も自分の袴を脱ぎ去ると、着物や襦袢を次々と畳へ放ってしまう。インナーのファスナーを下げると、鍛え抜かれた体が蝋燭の灯りに照らされる。股引から取り出されたものを目の当たりにして、柊は恥ずかしさに耐えられず顔を背けた。
彼が、体の上に乗り上げてくる。荒っぽい手つきで帯を解かれ、寝間着の襟を勢いよく左右に開かれると、無防備な裸があっさりと晒されてしまった。
お互いに一糸纏わぬ姿になって、熱い肌を重ね合わせる。和泉守の腕が、力強く柊の脚を抱え上げた。ぐしょぐしょに期待してしまっている部分にそれがピタリと触れて、思わず体を強張らせる。
「……っ」
「力抜いてろ」
「あ……あ……」
狭いところをゆっくりと押し開いて、彼が身体のなかに入ってくる。柔らかい肉がぎゅっと拡がって、彼の大きさを、重さを必死に受け止めた。内臓が下から押し上げられると苦しいのに、繋がっていることがたまらなく嬉しくて、気持ち良かった。
「はっ……あっ……」
「……痛いか?」
圧迫感に喘いでいると、和泉守の心配そうな声が降ってくる。柊は首を横に振って、彼の背に手を回した。
口付けをねだってみると、彼は焦らさずにすぐ与えてくれた。熱い舌が唇を割って入り込んできて、柊のそれに絡みついてくる。やっぱり酒の匂いがする、と思ったのと同時に彼の腰が押し付けられ、一番深いところをゴツンと叩かれた。
「ん……!」
仰け反った身体を押さえ込むように、彼の腕が力強く抱き締めてくる。
最後に舌を軽く吸われて解放されると、ようやく肺に酸素が流れ込んできた。はあはあと呼吸を繰り返して、どうにか息を整える。和泉守がその間にもゆらゆらと体を揺さぶるので、柊はもう何もかもがいっぱいいっぱいだ。
「あ……はぁ、は……っ」
彼のもので身体の内側を擦られると、びりびりと甘く切ない感覚が込み上げてきて、正常な思考が一切働かなくなる。何度も何度も突かれながら、柊はやっとの思いで瞼を持ち上げた。
こちらを見下ろす和泉守の浅葱の瞳はギラギラとして、まるで飢えた狼のようだ。頬や鼻先が赤く染まっているのは、酒が入っているせいなのか興奮のためなのか、もうよく分からない。彼のこめかみから顎へ伝った汗が、ぽたりと柊の胸に落ちた。
ぞくぞくしたものが背筋を駆け登った。彼のことが好きで好きで愛おしくて仕方がないという気持ちが溢れ、一寸たりとも離れたくなくて、脚を彼の腰に絡めつけた。
「もっとっ……あにさまぁ、もっと……」
和泉守は面食らったのか、一瞬動きを止めた。彼の熱い息が耳に掛かる。
「……はぁ、いつの間にこんな淫らに育っちまったのかねぇ」
「あっ……!」
奥をぐりりと抉られて、柊の身体は意志と無関係に跳ねた。思わずつむってしまった目を開けると、にやりと笑いかける彼と目が合う。
「ま、オレのせいなんだけどさ」
囁かれて、お腹の奥がきゅんと疼いた。
その通りだ。これは全部、彼のせい。
愛されるよろこびを彼に教え込まれたから、こんな欲張りな身体になってしまったのだ。
中の感じやすいところを集中的に擦られ、柊は声にならない声で喘ぐ。時折、胸をまさぐるように撫でさすられて、乳房の頂を指先で弾かれたりして、あちこちから次々に与えられる快楽で訳がわからなくなってしまう。
甘い痺れはどんどん強くなって、次第に真っ白な波のようなものが迫ってきた。
「あ、あ……も、あにさま、わたしっ、だめっ、」
「いい、我慢するな」
「ああぁっ……!」
良いところを小刻みに突かれて、柊は二度目の絶頂を迎える。和泉守は御構い無しに律動を続けた後、短い呻きと共に愛欲を吐き出した。
◆◇◆
蝋燭はとっくに燃え尽きてしまっていた。
一通りのことが済んだ後、和泉守はいつもとびきり優しく甘くなる。体が冷えないようにと汗を拭ってくれ、着物を直して布団を肩まで引き上げてくれた。同じ褥に仲良く寝転んで、彼の腕を枕代わりにしながら、柊はちらりと兄刀を見上げた。
「……朝までお戻りになられないかと思っていました」
「ん?」
眠たそうに眇められていた目がふっと開いて、こちらを見つめ返してくる。
汗で濡れた長い髪が、窓から差し込む月明かりに照らされて青黒く輝いているさまが本当に美しい。柊はしばらく黙って見惚れてしまっていたが、「朝までって?」と聞き直されてようやく我に返った。
「新撰組のみなさんと、楽しくお話しされていたので……今夜はずっと一人きりかと」
「ああ、」
布団の中でモゾモゾと彼の手が動いて、柊の髪を優しく撫ぜた。
「そりゃ、お前が部屋で待ってるんだから、戻ってくるだろ」
予想外の返答に、ぽかん、と間抜けに口を開けて固まってしまった。
和泉守は苦笑して、柊の頭を軽くぽんぽんと叩く。
「女房ひとりでほっぽって、朝まで飲んだくれるような男に思われてるのか、オレは。飲む量だって減らしてるんだぜ」
女房、という言葉が耳に慣れなくて、柊は赤面しながら視線を外した。
彼は、ちゃんと自分を想ってくれている。だというのに小さなことで拗ねてしまっていたことが恥ずかしい。柊は彼の胸に顔を埋めて、小声で「ごめんなさい」と呟いてみたが、ちょうど大きな欠伸をした彼には聞こえなかっただろう。
「まあ、まさかお前がオレの羽織で楽しんでるとは思わなかったけどな」
「! も、もう、忘れてください……」
突然蒸し返されて、柊はカアっと頬を熱くしながら彼の胸を軽く叩いた。見上げると、さっきまであんなに優しい顔をしていたのに、意地悪なことをするときと同じように口角を釣り上げている。
「ま、件の作戦が終わって、ようやっと忙しさも落ち着くからな。もう一人で楽しんでるような暇は与えねえから、安心しな」
意味を解すのに、少し時間がかかった。それは、安心すべきなのか、身構えるべきなのか。
会話を終えてすぐコロリと眠りに落ちた和泉守をよそに、柊は彼のせいで悶々としたまま、なかなか寝付くことができなかった。