廊下へ吹き込む僅かな風に揺らされ、障子がかたかたと鳴る音が遠くから聞こえる。
柊はそっと目を開けた。灯りはとうに消され、障子越しに差し込む月明かりだけが、暗い室内をうっすらと照らしている。
隣の布団に横たわっている兄刀は、もう眠ってしまっただろうか。むこうを向いてしまっているので顔は伺えない。濡羽色に染められた絹糸のように美しい髪が、布団の膨らみに沿ってなだらかな流れを描いている。穏やかな呼吸に合わせ、広い肩がゆっくりと上下している様子をしばらく眺めたあと、柊は寝返りを打ってもぞもぞと体を丸めた。
(寒くて寝られない……)
肩の下までぴっちりと布団で覆ってはいるけれど、どうにも末端の冷えが抜けない。布団の中で足を擦り合わせてみても、重く冷たいばかりでちっとも暖かくならなかった。
こうなってくると、なんだか体の収まりも悪い気がしてくる。あっちを向いたりこっちを向いたり、布団の中でもがいてみる。そうしていると隣のほうからも衣摺れの音が聞こえてきたので、柊はギクリとして振り返った。
「……眠れないのか」
すこし寝ぼけたような顔で、和泉守がこちらを見つめている。
つい、喉から「あ」と気の抜けた声が漏れた。
「その……すみません。起こしてしまいました……」
「いや。大丈夫だ」
和泉守は布団の中から手を伸ばして、柊の髪をくしゃりと撫ぜた。
彼に頭を撫でてもらうのは好きだ。いつもこのおおきな手で守られて、大切にされているのだと思うと、胸の奥がきゅうっと熱くなって、幸せな気持ちになる。
髪を伝って、和泉守の手が顔に降りてくる。ぺたりと頬に触られると、どうにも擽ったくて目を細めてしまった。ずっと外気に晒されていた鼻や頬は、もうすっかり冷たくなっている。
「お前、ずいぶん冷てえな」
「あの、寒くて……今夜はなんだか冷えますね……足も冷たくて、なかなか寝つけません」
言うと、和泉守は僅かに眉を吊り上げ、「ふうん」と意味ありげな相槌を打った。
それから自分の布団を軽く捲って、隣をポンと軽く叩く。隣に来い、ということだとすぐ気が付いて、柊の心はさらに色づいた。
自分の冷たい布団を抜け出して、這うようにして彼の隣に潜り込む。胸板に寄り添って頬を擦り付けると、すぐに背中に彼の腕が回って抱き締められた。和泉守の胸は広くて、抱かれていると心から安心する。
ふと彼の手が布団の中を探って、柊の冷え切った指を握りしめ、軽く摩った。
「かわいそうに。こんなに冷えちまって」
いきなり耳にかかった彼の息に、柊はつい肩を震わせた。
そんなふうに耳元で吐息たっぷりに呟かれては、どうにも変な気分になってしまいそうだ。
顔を上げると、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている和泉守と目が合った。
「なあ、気持ちいーいことしてやろうか。あったまるぞ」
返事をする前に、ちゅっと可愛らしい音を立てて唇に吸い付かれてしまった。
一体なにがこの人を誘ってしまったのか見当もつかない。けれど、相手はもうすっかりその気になっているらしい。
寝間着の上から体をまさぐられると、たちまち体から力が抜けてしまう。冷たかった頬が熱くなり始めるのを感じながら、抗うことなく彼の胸板に手を添えた。
◆◇◆
柔らかな布団に天地を包まれた狭い空間の中で、行為はゆっくりと始まろうとしている。
二人の寝間着は、すでに畳の上へと追い出されてしまった。彼の手が直に肌の上を滑る。氷のようだった手や頬に触れられた時はぬるく感じたのに、熱を保ったままの腹に触られるとヒヤリとした。
「や、あに様のお手手、つめたい……っ」
「んー? 悪りぃ悪りぃ」
体を捩ると、全く悪びれていなさそうな口調で彼が詫びる。モゾモゾと布団の中へ潜っていったかと思うと、不意に柔らかいものが乳房へ押し当てられた。口付けられたのだと分かったのは、熱いものがそこで俄かに滑ったからだった。
「……っ」
「これなら文句ねえだろ」
「あ、うっ」
乳首をぺろりとねぶられて、急に与えられた快感に声が漏れた。口に含んで吸われたり、舌先で擽られたりすると、ゾワゾワとたまらないものが下半身から駆け上がってくる。今まで彼に散々いじくり回されたせいで敏感に反応するようになってしまった乳首は、彼が唇を離す頃にはすっかり硬く起ち上がってしまっていた。
そして彼の唇は、胸から腹へ、そして下腹部へ。するすると伝い降りて、ついにその場所に辿り着く。恥ずかしくて逃げ腰になってしまうが、両腿を押し開かれて腕で押さえ付けられると、もはや柊の力ではびくとも動かない。たっぷり唾液を含ませた舌で、一番感じるところをねっとりと舐めあげられた。
「あ……!」
「おい、あまり声出すなよ」
「や……っ、でも、あ、あにさま……ダメ、そんなとこ舐めちゃ……っ」
和泉守が舌を動かす度、ぴちゃぴちゃと耳障りな水音が布団の中に響く。雛尖を丹念に愛撫されたあと、溢れ出した蜜を啜られて、柊は口元を手で押さえつけながら背筋を反らせた。頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなって……。
気が付いた時には、布団にぐったりと沈み込んで肩で呼吸を繰り返していた。
「……へへ、トロットロ」
枕の位置まで戻ってきた和泉守が、自分の唇をぺろりと舐める。
足を押さえていた彼の手が、腿の間へ割り込んだ。男らしくごつごつした指が、闇の中を探るようにそこで動いていたかと思うと、入り口を見つけ出して胎内に侵入する。先ほどまでひんやりとしていた彼の指は、もうすっかり熱くなっていた。
「ひあ……っ」
「指だけでいっぱいいっぱいだな。こんなちっせえ穴にオレのものが入るのかねぇ……」
その狭い場所は、もう何度も彼を受け入れているのに。和泉守は半笑いで、そんなことをわざとらしく言う。
指を抜き差しされて中を掻き回されると、もうどうしようもなく気持ちがよかった。
「あ、あっ、あにさまぁ」
ぬちぬち、と蜜がこね混ぜられる音がする。
和泉守の胸板に縋りながら、中で彼の指が動く刺激に必死で耐える。あにさま、あにさまと譫言のように繰り返しているとき、頭上で彼がはあーっと長い溜息を漏らしたのが聞こえた。
「……あまり可愛い声で呼んでくれるなよ。ったく……よぉく解してやろうってのに」
「あ……あ……」
ずるり、と指が引き抜かれた。かと思えば、次にその場所に当てがわれた熱の塊の大きさに気がついて、柊は息を詰まらせる。指よりももっともっと太いものが、欲望に硬く張り詰めて、その時を今か今かと待ち望んでいた。
「力抜いてろ」
狭いところを無理やり拡げて、彼がゆっくりと押し入ってくる。
体格に差がありすぎるので、こうするたび、柊はいつも自分の体が真っ二つに裂けてしまうのではないかとひやひやする。けれどそこは柔軟に、和泉守のカタチに合わせて広がり、彼をなんとか全て受け入れた。
こつん、と奥の壁を叩かれて、思わず「ひっ」と呻く。
「そーら……入った。あったかいだろ?」
目を開けると、薄闇の中で彼が唇の端を吊り上げているのが見えた。
じん、と腹の奥から何かが溢れていく。繋がった場所はあまりにも熱く、先ほどまでは寒い寒いと凍えていたのに、燃えて火傷でもしてしまうのではないかと思うほどだ。
「あにさまぁ……」
甘えた声で唇を求めると、彼はすぐに口付けてくれる。すかさず潜り込んできた舌はやはり熱い。もごもごと唇を合わせながら、和泉守の手は柊のささやかな乳房を愛撫する。その時、柊はようやく、自分の体がいつの間にかじっとりと汗ばんでいることに気がついた。
唇が離れて、彼の体が僅かに遠ざかる。それを寂しく思い、柊は和泉守の首に腕を巻きつけた。
「ん?」
「もっと、ぎゅってしてください……離さないで……」
そう小さな声でおねだりしてみせると、和泉守が目を見開いたのがわかった。それから逞しい腕で柊を抱き締め、繋がったままごろりと仰向けになる。必然的に彼の上に寝そべるような体勢になり、弾みでより深いところまで男の熱を呑み込んだ。
「あ、あっ」
「今日はなかなか、オレを煽ってくれるじゃねえか」
「ひ……っ!」
下から思い切り突き上げられて、目の前に星が散った。刺激から逃げようにも、彼の手がすかさず尻を掴んで引き戻してしまう。
「はあ……、いいねえ、お前を上に乗せるってのも悪くない」
強い力で抱き締められたまま、ゆさゆさと揺さぶりをかけられる。中を擦られると頭がとろけるほど気持ちがよくて、彼の胸の熱さも心地よくて。気がつけば、彼を求めて自然と腰が揺れてしまっていた。
「は、あっ、あ、」
「はは、一丁前に腰動かしちまって……これがいいのか?」
「あ……っ、はい、はいっ、きもちいです……っ」
律動に合わせて、結合部からぐちゅぐちゅと耳障りな音が立ち上ってくる。羞恥を忘れ、熱心に尻を動かし続けた。
「柊……」
彼の口から自分の名前が漏れたので、柊は伏せていた顔を上げた。
美しい長い髪が、汗に濡れて乱れている。凛々しい眉毛は顰められ、目も少し細くなって。しゅっとした薄い唇は僅かに開いて、荒い呼吸を繰り返している。
そんな色っぽい姿を、普段の生活の中や戦の最中には絶対に見せないそんな顔を、他でもない自分にだけ見せてくれているということがもう堪らなくなった。ゾクゾクした感覚が背骨のうえを舐め上げる。ぐずぐずに潤んでいた下腹部が、無意識に彼をきゅうんと締め付けてしまう。
「あ……あ……あにさま……好き、すき……あにさまっ……好きぃ……っ」
ぐりぐりと腰を押し付けながら、彼の胸にピッタリと抱き付く。彼のことがあまりに愛おしくて、もうこのまま寸分たりとも離れずくっ付いて、融けて鉄に戻って一つになってしまいたい、と思った。
和泉守は一瞬、微かに手を強張らせた。それからはぁっとため息を吐くと、両手で柊の尻を鷲掴みにする。
「ああ、クソ……」
「ひあっ!」
ズンと最奥を突かれては、彼に引っ付いていたいのに背筋が反り返ってしまう。和泉守は腰を浮かして、ガツガツと激しく突き上げはじめた。あまりに乱暴なので息がうまくできず、喘ぎ声すら漏らすことができない。
「はぁっ、柊、出すぞ、もう、柊っ!」
「う、ひぐ、ううっ……!」
良いところを小刻みに擦りあげられ、柊は再び遂情して体を硬直させた。ほぼ同時に、和泉守もヒュッと息を詰める。一番奥の奥で、熱いものが一気に弾けた。彼が中でピクピクと脈打っている。
やがて糸が切れたように、和泉守の体が布団に沈む。柊は、自分の体からどっと力が抜けるのを感じた。彼の胸の上にくったりとしがみついたまま、どくどくと力強く脈打つ心臓の音に耳を傾けていた。
「はっ……あっ……に……さまぁ……あにさまぁ……っ」
腹の奥になだれ込んでくる彼の神気が、あつい。本当に、このまま溶けてしまいそうだ。熱くなって融けて、鉄に戻ってしまえば、ほんとうに一つになれるのに。
「……はぁ、参ったねえ……」
荒い息遣いに混じって、疲れた声で兄刀が言う。
のろのろと顔をあげて彼を見ると、浅葱の双眸と目が合った。普段はあまり見せてくれない、愛しくて仕方がないというような優しい微笑みを向けられては、胸の奥がどうしようもなく甘く疼いてしまう。
「お前があんまり可愛いから、孕ませたくなっちまう」
「……あっ」
和泉守が軽く腰を揺らすと、萎みつつもまだ強かな弾力を保っているそれが中の肉を抉った。敏感になってしまっている場所は露骨に反応を示し、彼を楽しませる。
「もういっぺん付き合え」
「あ、でも……っ」
「なンだよ。明日、オレたち非番だろ?」
「も……、これ以上は……わたし、こわれちゃいます……」
はぁはぁと下手くそな呼吸を繰り返しながら答えると、尻を撫でていた彼の手が止まった。
「やっ!」
唐突に腰をズンと引き寄せられて、声を隠すのも忘れて仰け反る。和泉守は柊を抱いたまま上体を起こした。向かい合って座る体勢になった頃には、布団はとっくに肩から滑り落ちてしまって、裸の二人は冷たい空気に晒されている。けれどもう、それを寒いと感じる余裕も無い。
「いいねえ……壊してやるよ」
ニヤリと目の前で微笑む彼を見つめながら、体の中の熱が更にじわじわと広がっていくのを、柊はしっかりと感じ取っていた。
◆◇◆
「……くしゅっ」
驚いて、びく、と肩が震える。何かと思えば、どうやら自分のくしゃみだったらしい。
瞼を持ち上げると、朝の白い光が障子越しに部屋を優しく照らしている。廊下の遠くから、短刀たちが眠たそうな声で朝の挨拶を交わしている声が微かに聞こえてきた。
寝ぼけながら視線を巡らすと、自分の頭の下に逞しい腕が差し込まれていることに気が付いた。柊は布団の中で体をもぞつかせ、ゆっくりと振り返る。
穏やかな寝息を立てている和泉守が、同じ掛布の中、すぐ隣に横たわっていた。ぼんやりした頭で昨夜の記憶を辿っていると、彼の腕が腰に纏わり付いてきて、ようやく自分たちが何も着ずに眠っていたことに気が付いた。
布団からはみ出ていた二人の肩はすっかり冷えていて、寒さを意識した途端にぶるぶると震えが込み上げてくる。柊は、和泉守の首のあたりまで布団を引き上げて、彼の腕の中に潜り込み直した。胸板にそっと寄り添うと、昨夜同様に暖かく心地良い。
「……さみ、」
頭上で彼がむにゃむにゃと呟いた。目線を上げると、ぽやんと眠たげにこちらを見ている兄刀と目が合う。和泉守は大きな欠伸を一つ漏らして、柊の体を抱き込み直した。
「……もっとくっ付けよ。寒くてかなわねぇ」
「あに様。もう起きないと……」
うるせえ、と呻くように言ったあと、和泉守は動かなくなった。自分だけ先に床から出て身支度をしようにも、背中には彼の腕ががっちりと回っていて、抜け出せそうにない。
柊は朝餉を諦めて、彼と一緒にもう一度眠ることにした。あとで堀川に「非番だからってだらしがない」と呆れられてしまいそうだ。けれど仕方がない。部屋の中がこんなに寒いのに、彼があんまりぬくいから、布団から出られなかったのだと弁解しよう。
柔らかな朝の光に包まれながら、とろとろと心地よいまどろみの淵に沈んでいった。
その後、二人揃って風邪をひいてしまったせいで、堀川だけでなく歌仙からもお小言を頂戴する羽目になるとは、この時は思ってもいなかった。