遠くから、荒々しい足音が近づいてくる。
少女はふっと目を覚ました。
目が闇に慣れてくると、見慣れた自室の風景がぼんやりと浮かび上がってくる。眠る前、足元に灯したはずのちいさな蝋燭はとうに消えてしまっていた。
耳を澄ませてみると、どうやら京都へ出陣していた手練れの者たちが帰還して来たらしい。その中には兄刀もいるはずだ。
寝ぼけ頭でそのことを思い出して、柊は眠たい目を擦りながら身体を起こした。
出迎えに行かなくては。怪我なく帰ってきたことを確かめたい。
布団から抜け出そうとしたところで、件の足音がこの部屋にどんどん迫っていることに気が付いた。
この歩幅は、歩き方は。寝起きの倦怠感に苛まれ、ぼんやりとしていた心の中が、途端にパァと晴れた。
「あにさま?」
障子の向こうに現れた人影に向かって声をかける。それを聞いてか聞かずか、障子を無遠慮に抉じ開けて、戦装束を纏ったままの和泉守兼定が姿を見せた。
着物や羽織は少し汚れているようだが、目立った怪我などは無いようだ。ホッと胸を撫で下ろしてから、「おかえりなさい」と口に出しかける。だが、出迎えの言葉は最後まで紡げなかった。障子を後ろ手に閉じた和泉守が、そのまま布団に乗り上げてのしかかってきたのだ。
鼻先まで顔を近づけられて、ようやく今まで髪に隠れていた彼の表情が窺えた。ギラギラとした、飢えた狼のような目付き。敵を討つ時の眼だ──そう気が付くと、背筋をゾクリとしたものが駆け上がる。本来ならば戦さ場でしか見せない、もののふとしての彼の顔だ。心と体に休息を与え、時には愛を睦み合う場所であるはずの閨において、そんな彼の表情はあまりにも不釣り合いだった。
「柊」
「あにさ……」
噛み付くように唇を塞がれて、彼を呼ぼうとした声はまたしても遮られる。がちんと前歯がぶつかって、鈍い痛みが走った。
ぬるりと入り込んできた舌は、口の中が切れているのか、僅かに鉄の味がする。驚いて彼の胸を突き放そうとするも、あまりに強い力で腕を掴み上げられ、そのまま布団の上に押し倒された。眠りから覚めたばかりの体にはあまりにも強すぎる刺激の連続に、ただただ困惑するしかない。
「ひっ……」
唇がようやく離れたと思った途端だった。寝間着の襟を思い切り左右に引かれ、慎ましやかな乳房が一息で外気に晒される。
そこでようやく、彼が何を求めているのか気が付いた。
「だ、ダメです、お休みにならないと」
「このままじゃ眠れねえ」
「やっ」
ぐいと手を引かれて、袴の上から彼の股間に掌を押し付けられる。布の奥にある硬いものに触れて、頬が一気に熱くなるのを感じた。
ものを斬った後、高揚状態が続いて"こう"なってしまう者は少なくないと、和泉守から聞かされたことがある。
だから、部隊が戦から戻った直後、特に夜は、人気のない場所を一人で出歩かないようにと言い付けられていた。おんなの身体を持つ自分に、衝動的な欲望をぶつけられてしまうかもしれないからと。
けれど今は、他でもないその兄刀が、熱を納める鞘を求めているのだ。
「ちっと付き合え。……な?」
はあ、と熱い吐息が耳にかかると、ゾワゾワと堪らない感覚が背中をくすぐった。
荒々しい手付きで寝間着を剥がれ、大きな手が肌を伝う。腿の間に彼の腕が割り込んでくる。まだ湿り気の少ない場所を指で探られて、意志とは無関係に腰が跳ねた。
「その、すぐには……っ」
「わぁってる」
和泉守の顔が股の間に降りていく。これから襲いかかる快楽を覚悟する暇さえ無く、ぬるると滑る感覚がして、全身が強張ってしまう。
舐めるなんて生易しいものじゃない、むしゃぶるように吸い付かれては堪ったものではない。
「やあ……ああ……っ」
穴を拡げるように、舌がそこへ捻じ入ってくる。ぐりぐりと穿るように中を舐められ、かと思えば指先で核(さね)を押し潰されて。溢れてきたものをじゅるじゅると啜りあげられて、一度軽く達してしまった。
途端にクタクタになってしまった妹刀が布団に沈み込んだ隙に、和泉守は籠手を脱いで放ると、唾液で濡らした指を差し込んだ。一本、二本。達した直後で緩んだ場所は、簡単にそれを飲み込んでしまう。何度か抜き差しされたあと、彼の指はすぐに中から出て入ってしまった。
あ、と気が付いた時にはもう、彼は腰布と袴を脱ぎ捨て、股引の中から取り出した熱を娘の腿に押し当てていた。
「──……っ、ひ、ッ」
まだ解れきっていない肉を無理やり掻き分けて、彼は強引に一つになろうとする。引き攣れるようなその痛みは、この身の純潔を喪ったあの夜のことを思い出させた。
いつもはどんなに荒っぽくても、入り口がほぐれて柔らかくなるまで慣らしてくれるのに。
「い……っ、うぁ……あにさまぁ……っ」
ずりずりと擦るように抜き差しされると、つい涙目になってしまうほど辛い。あにさま、あにさまと繰り返し呼んでも、彼は呻くばかりで答えてくれなかった。二回りも三回りも大きさの違うこちらの体をぎゅっと抱き込み、ただただ腰を揺さぶり続けている。
こんなに余裕のないこの人を受け止めるのは初めてだ。けれど、痛いのに、こんなに乱暴に抱かれているのに、なぜか腹の奥がじわじわと熱くなってくるのを感じていた。
暴れ回る彼の熱をこうして受け入れてあげられるのは、自分が女の身体をもっているからだ。
彼の腰に脚を絡め、背中に手を添えて抱き締め返す。
「は……っ、あ……柊……、」
和泉守の腕に、より一層力がこもった。いつもはこちらが必死に彼にしがみついているというのに、今日はまるで彼のほうが縋ってくれているようだ。
「ッやべ、出……っ」
「は、はいっ、くださいっ、あにさまの……っ」
抽送が俄かに速くなったことを感じ取って、彼の腰に巻きつけた脚に力を込める。和泉守は小刻みに中を抉ると、最奥に自身を突き立てて低く呻き、普段よりも幾分か早く遂情した。
腹のなかで、熱いものがじわっと広がる。彼がピクピクと痙攣しているのがハッキリと分かった。体の中に流れ込んでくる彼の神気は、普段以上に荒々しい。
「……っは……っ」
「あ……あに様……」
和泉守の逞しい腕は、妹刀の体を掻き抱いたまま一向に離そうとしない。腰を引いて結合部を引き抜こうとすると、脇腹のあたりを掴まれて力強く引き戻されてしまった。体の中で彼が少しずつ萎んでいっても、当の本人はフゥフゥと獣のように荒い呼吸を繰り返すばかりで、なかなか落ち着かない。
そっと腕を持ち上げて、彼の美しい髪を優しく撫でてみた。艶やかな絹糸のような濡羽の髪は、指に絡むことなくするりと通り抜ける。
「あに様……」
「…………」
「柊は……あなたのためなら、どんなことでも……」
「……柊……、」
彼の唇から漏れた微かな声は、なんだか普段よりひどく弱々しく聞こえた。
ぐたり、と気の抜けた和泉守がのしかかってくる。同時に、腹の中から彼がようやく抜け出ていったのを感じて、柊はホッとした。しかし、力をなくした男の体躯は予想以上に重く、自分の力では彼を押し退けられそうにない。さすがにそのままでは苦しくて、和泉守が眠ってしまう前にどうにか這い出そうとするが、
「愛してる……」
枕のほうから、滅多に聞くことのできない愛の言葉がひとつ、ポツリと降ってきた。
「あ……」
しばらくの間、動くことができなかった。頬に熱が集中して、耳まで熱くなってしまう。
こんなのはズルい。何をされても許してしまいたくなる。
そろりと彼の顔を見上げると、よほど疲れ切っていたのか、すでに眠りに落ちてしまっているらしかった。先ほどまでずっと眉間に寄っていた皺もどうにか無くなって、気の抜けた穏やかな寝顔だけがそこにある。先ほどまでの行為との温度差に苦笑しながら、もう一度彼の髪をそうっと撫でた。
「……わたしもです。和泉守さま……」
小さな声で囁いてみる。聞こえていないことはわかっていても、どうしても口に出して応えたかった。
外はもう、空が白み始めているらしい。障子の向こう側がうっすらと明るくなりつつあるのを感じながら、柊は和泉守を抱きしめて目を閉じた。服が乱れたままであるどころか後始末も何もしていないので、彼が目を覚ましたあとどんなに慌てるかは想像に難くない。けれどそれは、こんな夜中に無茶をされたことへの「おしおき」ということにしておこう。
心地よい疲労感に導かれるように、柊はとろとろと微睡みの淵へ沈んでいった。